音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

    

かつて洋楽アーティストが日本語で歌うことがブームとなった時代があった

20170109  「今日は一日“デヴィッド・ボウイ”三昧」より


 デヴィッド・ボウイ(David Bowie)でIt's No Game(Part.1)とGirls(日本語ヴァージョン)。



ローリー寺西「自分が知っている人がテレビとかに出ていたり、舞台に出ていたりすると、間違えるんじゃないのかって他人事のようになれない、日本語の歌詞が分かってしまう故の悲しみですよね。我々がイタリアやフランスのロックバンドを聞いてエキゾチックだなぁと思うように、外国の方々はこの曲を面白く聞いたんでしょうね。」

小野島大「It's No Game(Part.1)が入っている「スケアリー・モンスターズ(SCARY MONSTERS)」の日本語の語りをやっているのは廣田三知さんというスパークス(Sparks)の「Kimono My House」のジャケットに写っている女性で、女優さんらしいんですけれども、最初はデヴィッド・ボウイの日本語指導のためにスタジオを訪れたらしいんですけれども上手くいかなかったので、じゃああなたが歌いなさいよってことになって、あの独特なアクセントでしゃべりました。だからリアルタイムで聞いた人は知っていると思いますけれども、デヴィッド・ボウイの新作だって針を落としたらいきなり日本語で始まって、インパクトありすぎでした。Girlsの方は、これは「Never Let Me Down」というアルバムの日本盤LPにのみ収録されていたものです。「Heros」でドイツ語盤とかフランス語盤があったのでその延長上で、またデヴィッド・ボウイの日本びいきっていうのもあると思うんですけれども、昔はシカゴ(Chicago)というアメリカのブラスロックバンドのLowdownという曲で日本語をやっていたりとか、



ポリス (The Police)のDe Do Do Do, De Da Da Daとか、



クイーン (Queen) の手をとりあって- Teo Torriatte (Let Us Cling Together)とか、



日本語で歌うのが一時ブームになった時が確かにあったんですけれども。」

ローリー寺西に学ぶ、グラムロックは笑えるものである説

20170109  「今日は一日“デヴィッド・ボウイ”三昧」より解説はローリー寺西氏です。

 デヴィッド・ボウイとT-rexがグラムロックの両横綱だとすると、それに影響された次の世代というのがあって、その偽物感というかバブルガム感が非常に好きなんです。グラムロックのデヴィッド・ボウイとT-rexに影響されて出てきたグループを紹介したいと思います。一つ目は、Sweet。60年代から活動はしていて一時期はクィーンのライバルみたいな感じで、未だに人気の高いB級グラムロックバンドです。メイクギンギンで、全員内巻きで、前髪バッツンで、カッコいいのかカッコ悪いのか、中間くらいの感じのアイドルっぽさが最高なんですけれども。デヴィッド・ボウイのThe Jean Genieにそっくりな曲なんですけれどもBlockBuster。



 このバンドはヘヴィーハーモニーロックと呼ばれていまして、デヴィッド・ボウイのThe Jean Genieみたいなやつに、イエス(Yes)とかクィーンとかユーライア・ヒープ (Uriah Heep) みたいなコーラスが入って、暗さがいっさいなくてキャッチーで、まさにゲイリー・グリッター (Gary Glitter) から名付けられたグリッターロックっていう感じの、おバカなバンドの代表格です。次は、ブライアン・アダムス(Bryan Adams)が14歳の時にやっていたSweeney Toddっていうグループがあります。もともとはNick Gilderっていう人がリードボーカルのカナダのロックバンドなんですが、女の子みたいな声なんですけれども、この人が抜けてブライアン・アダムスが14歳でSweeney Toddに入ったんですね。そして、Roxy Rollerという曲を歌って、その後スージー・クアトロ(Suzi Quatro)がカバーをした曲ですが、日本では日本酒のコマーシャルにも使われました。では、若い日のブライアン・アダムスが歌うRoxy Roller。


 ほとんど同じですけれども、このドンドダッドドンドダッドというビートはグリッタービートと呼ばれていまして、イギリスのエルビス・プレスリーと呼ばれているゲイリー・グリッターがRock and Roll Part 2という曲で流行らせたと。多分グリッタービートと呼ばれていると思いますけれども、元はデヴィッド・ボウイのThe Jean Genieのような気がします。もう一つ面白いもので、絶対に笑わない黒い男という異名をとるAlvin Stardustっていう人がいます。全身黒のブーツに、黒のジャンプスーツに、黒の手袋、20センチくらいあるようなリーゼント、もみあげがルパン三世みたいで、でっかいダイヤモンドの指輪をつけて歌うAlvin Stardustで、Jealous Mind。



 僕はグラムロックというものはキレイなものではなく、ちょっと笑えるものだと思っています。至って真剣にやっているけれども笑えちゃうみたいな。Alvin Stardustはその後どんどんリーゼントが伸びていって、数年前に亡くなったんですけれども、最後はリーゼントがハリボテになって、40センチくらいにレニングラードカーボウイみたいな奴になって、50センチくらいのロンドンブーツをはいて現れるんです。その間抜けな感じが、僕がグラムロックの好きなところです。次はモット・ザ・フープル (Mott the Hoople)ですけれども、モット・ザ・フープルは60年代から活動していたんですが、思ったより人気が出なくて解散しかけていたところ、デヴィッド・ボウイがが自らプロデュースをして、「すべての若き野郎ども (All the Young Dudes)」というアルバムで大ヒットして、その後も長く活動したグループです。最近も再結成して来日しました。モット・ザ・フープルははじめ、ミック・ラルフスっていうギタリストがいて、次がアリエル・ベンダー(Ariel Bender)で、三人目がギタリストがミック・ロンソン(Mick Ronson)。モット・ザ・フープルの伝記映画があるんですが、ボーカルのイアン・ハンター(Ian Hunter)が、ミック・ロンソンが入った時にものすごくうれしそうな顔をしているんですよ。「こいつとやりたかったんだ」っていう。そのモット・ザ・フープルの、これはアリエル・ベンダーという人がギターを弾いていると思いますが、Marionette。


 モット・ザ・フープルの映画の中に、ザ・クラッシュ(The Clash)のミック・ジョーンズ(Mick Jones)は、クラッシュのギタリストではなく一ファンとして出てきます。ちょうどレッド・ツェッペリンとかディープ・パープルといったオールドウェイブに対して、パンクロックミュージシャンはグラムロックが好きだったんです。モット・ザ・フープルは男っぽい、割と暴力的なイメージのバンドだったらしくて、バイオレンスな感じだったらしいんですね。あと、アメリカに行くとニューヨーク・ドールズ (New York Dolls) という、パンクロックの元祖で、やっぱりグラムロックの変種がパンクロックであったと思います。ザ・ダムド (The Damned) とか初期のセックス・ピストルズ (Sex Pistols) とかを聞くと、良質のハードロックンロールだなぁと未だに思います。

デヴィッド・ボウイ(David Bowie)ヒストリー  5th「The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars」から7th「Diamond Dogs」まで

20170109  「今日は一日“デヴィッド・ボウイ”三昧」より解説は小野島大氏です。

 1971年でデヴィッド・ボウイのグラムロックへの下準備ができたわけで、続いてグラムロック時代のデヴィッド・ボウイを紹介したいと思います。「Hunky Dory」が出た後の音楽雑誌のインタビューで、デヴィッド・ボウイが派手派手な衣装で出てきまして、そのインテビュアーの質問で「君はゲイなのかい」って聞かれて、「僕はゲイだよ。昔から。」って言ったんですね。この当時に自分がゲイであることをカミングアウトすることは大変なことでした。今とは比べものにならないくらい社会のタブーでありましたから。それがたちまち大反響を引き起こして、デヴィッド・ボウイは時の人になってしまいました。そういう状況の中で出したのが、大出世作というか、70年代の英国ロックの最高傑作のひとつである「The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars」です。この中から、このアルバムは名曲ぞろいなので何をかけてもいいわけなのですが、やっぱりこの曲しかないだろうということで、アルバムの最後に入っている曲を聞いてください。Rock'N'Roll Suicide。



 グラムロックなり「Ziggy Stardust」なりが作られた背景というのは、60年代というのはカウンターカルター、ヒッピーとか学生運動とか公民権運動とかで盛り上がってたんですが、それが60年代末でいったん挫折してしまいました。要するに、若者が団結すれば世界を変えられるとかそういう幻想をみんなが持っていた時代でしたが、それが敗れ去って、70年代にはいると音楽の世界でも、団結を訴えるよりはどちらかというと個人的な領域に引きこもって自分のことを歌う、例えばロックでいうと自分の日常や生活を歌う自己告白的なシンガーソングライターの時代が当時ありました。そのような中にデヴィッド・ボウイが出てきて、「Ziggy Stardust」で宇宙からきたロックスターが5年後に滅びる地球に降り立って地球を救いにきみたいな、そういう虚構の極みを行くようなSF的なアルバムを作ったと。それがかえって切実に響くメッセージになりました。要するに、みんな団結の時代が終わってバラバラになってしまったけれども、君はすばらしい、君はひとりじゃないんだと、Rock'N'Roll Suicideの歌詞ですけれども、手を差し伸べてくれて、それで当時の若者は非常に救われた気になったと。デヴィッド・ボウイこそが我々の救いの神なんだと、そこからデヴィッド・ボウイの時代がはじまったということなのですね。この曲は映画にもなった「Ziggy Stardust: The Motion Picture」という、この当時のデヴィッド・ボウイのバンドの解散ライブの映画があるんですけれども、これでも一番最後にこの曲が演奏されていて、デヴィッド・ボウイが「このバンドは今日で終わりです」ってアナウンスすると、観客が「ギャー」っと絶叫して、ドラマティックに演奏するというものです。この作品は前半のデヴィッド・ボウイの最高傑作の一つだと思います。

 「Ziggy Stardust」のラスト公演というものがあって、その時に後にセックス・ピストルズ (Sex Pistols)を結成するスティーヴ・ジョーンズ(Stephen Jones)というギターの人がいるんですけれども、この人が会場に忍び込んで機材を全部盗んだそうです。スティーヴ・ジョーンズはギターなんですけれども、ポール・クック(Paul Cook)というドラムの人がいて、二人でやろうとしたんだけれども、ポール・クックは途中で逃げて、スティーブ・ジョーンズとその友達が忍び込んで機材を全部盗んだと。その後、セックス・ピストルズのライブで使った機材はこの時デヴィッド・ボウイから盗んだ機材だったということです。要するに、パンクロックというのは、グラムロックの編集であると。当時グラムロックに熱狂していたような中学生高校生くらいの子ども達が成長してパンクロックをやるようになったと。その非常に象徴的なエピソードだと思います。

 この「Ziggy Stardust」というアルバムが全英チャートの5位まであがって大ヒットして、デヴィッド・ボウイは時代のカリスマとして、モット・ザ・フープル (Mott the Hoople)とかイギー・ポップ(Iggy Pop)とかルー・リード(Lou Reed)とかいろいろな人達のプロデュースをやったり楽曲を提供したりして、とにかく時代の花形としてガンガンでていくと。そうこうしているうちに次ぎのアルバム「Aladdin Sane」を出すんですけれども、これが「Ziggy Stardust」とは全く違ったサウンドで、アーティストとしての器量を感じさせるような素晴らしいアルバムになったんですけれども、その中からこれはデヴィッド・ボウイの曲ではなくカバーなんですが、Let's Spend the Night Togetherを聞いてください。



 これはご存知の通り1967年のローリングストーンズのカバーなんですが、全然原曲と違く、スピードアップしてモダンになって、この曲を聞いて完全に新しい世代のロックが出てきたんだなぁということをすごく鮮烈に思ったことをつい昨日のことのように覚えています。マイク・ガーソン( Mike Garson)のピアノプレイがきいていて、すごくかっこいいですよね。この「Aladdin Sane」のアルバムのジャケットは稲妻がはいったメイクのジャケットなんですけれども、これはデヴィッド・ボウイ展のイメージにも使われています。しかもこのアルバムはデヴィッド・ボウイがアメリカツアーをした時の印象をもとにして書いた曲が多くて、そこから後のデヴィッド・ボウイのアメリカ傾倒の伏線になっています。この「Aladdin Sane」は、イギリスで、デヴィッド・ボウイにとって初めてのチャート1位をとってブレイクしました。「Aladdin Sane」の次に出したのが「Pin Ups」というアルバムで、これはデヴィッド・ボウイが60年代前半から半ばくらいに、マーキー・クラブ(Marquee Club)というクラブがロンドンにあるんですけれども、そこで見たバンドの曲をカバーしたという、カバーアルバムになっております。ほとんどがイギリスのバンドのカバーなんですけれども、その中からザ・フー(The Who)のI Can't Explainのカバーを聞いてください。



 デヴィッド・ボウイは他人カバーをやることにあまりこだわりがないというか、自分の曲ではなくてもいい曲ならばなんでもやると。それも自分よりも後輩のアーティストの曲であるとか、最近の曲とかこだわりなくやっていく人なんです。この「Pin Ups」というアルバムが、またも全英チャート1位になって、完全に勢いに乗っている感じなんですけれども、このアルバムを出した後に、次のアルバムが「Diamond Dogs」というアルバムです。これはジョージ・オーウェル(George Orwell)の『1984』という近未来小説があるんですけれども、これをデヴィッド・ボウイががミュージカル化しようとしたんですが、ジョージ・オーウェルの奥さんに拒否されまして、仕方なく自分のオリジナルストーリーで「Diamond Dogs」というコンセプトアルバムを作ったというものです。そこからRebel Rebel。



 デヴィッド・ボウイファンには非常に人気の高い曲で、マドンナがデヴィッド・ボウイが亡くなった時に追悼のツイートをこの曲の歌詞から引用してツイートしたのが印象的でした。マドンナは本当にデヴィッド・ボウイが好きなんだなぁということが伝わってきました。


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