音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

    

アメリカン・ミュージックの系譜(25) ポストモダンとしてのヒップホップ

アメリカン・ミュージックの系譜第十一回 講師は大和田俊之氏です。 

1、サンプリングの発生

 ・ヒップホップ誕生当初のビートの作り方は、ある楽曲のリズムブレイクの部分を取り出して反復させて、両側のAメロとかサビみたいな所を切ってしまうといって方法で行いました。しかし、サンプラーという機材の出現によって、だんだんリズムブレイクの部分だけではなくて、1960年代でも1970年代でもいいんですけれども、昔の楽曲のどこかを抜いて、それを反復させてビートを作っていくという風になっていきます。そして、こういったことをDJの人たちがみんな競ってやるようになります。そうすると、DJにとってのもともと存在する楽曲はどういうものとしてとらえられるのかというと、たとえとしては鉱脈ですよね。この楽曲のどこかを抜いて反復させるとかっこよく新しいビートができる、もっと言うとこの一小節とこの一小節を抜いてつなげて、あるいは逆につなげてビートを作ったりとか、元の楽曲を素材として別の楽曲を作っていくということがだんだん行われていくようになります。

2、ポストモダンとしてのヒップホップ

 (1)、意義

  ・ポストモダンという思想は、日本だと1980年代とか1990年代に建築とか思想の分野でよく言われました。ポストモダン建築はいろいろな時代の要素をごちゃごちゃに組み合わせて作ったものですが、とは言ってもそれは新しく一から作らなければいけないわけですが、ヒップホップは元ある曲をそのままサンプリングしてきて作るわけなので、今思うとヒップホップ以上にポストモダンを体現していたものはないと言えると思います。

 (2)、具体例

  ・今からギャング・スター(Gang Starr)という二人組のMass Appealという曲を聞いていただきます。この曲のトラックの部分がどうやってできているのかというと、Vic Jurisというジャズミュージシャンのあまり知られていないアルバムなんですが、ジャズですから曲があってテーマを弾いた後にギターがずっとソロを弾いて、その後にエレクトリックピアノのソロが始まります。ヒップホップのトラックを作る人のことをプロデューサーと言いますが、このプロデューサーがDJ Premierという人なのですが、どこを抜いたのかというと、ギターソロが終わってエレクトリックピアノが始まったその数音の所を抜いて、ループさせて反復させて、それにビートを加えて曲を作ったんですね。この曲のピアノがずっと繰り返されるフレーズは、Vic Jurisと言う人のアルバムのエレクトリックピアノのソロの最初の数音だということをイメージしながら聞いてみたください。Mass Appeal。



  ドラムの部分は後でプロデューサーが自分で付け加えているわけですけれども、ピアノのフレーズは実際に1979年にリリースされたVic Jurisというジャズミュージシャンのアルバムの一曲目のごく一部なんです。

 (3)、ポストモダンとしてのヒップホップ

  ①、意義

   ・ここで一つの大きな問題が生じます。もし、ギャング・スターのMass Appealがたくさん売れたとして、誰に印税を支払うべきでしょうか。この曲はVic Jurisと言うジャズミュージシャンのアルバムに収録されていますが、しかしエレクトリックピアノを弾いているのはVic Jurisではない人です。この曲が売れた時に、誰に、どのような配分で印税を支払うべきでしょうか。つまり何が問題となっているのかというと、近代的な著作権の概念そのものがヒップホップという音楽実践を想定していないわけです。最近はサンプリングはあまり主流ではなくなってきているんですけれども、この問題はいまでも解決されているわけではなくて、その都度その都度払っているわけですね。

  ②、近代的著作権が想定している創作

   ・近代的な著作権が想定している単一の作者が内面から沸き起こってくる創作みたいなものが作品に投影されて、それが商品となって流通して、売れた場合にその人に報酬が入るというシステムです。しかし、ヒップホップの誕生によって、それとはちょっと違う創作システムがここで誕生したわけです。

  ③、ポストモダンとしてのヒップホップ

   ・近代的著作権が想定している創作ではなく新しい創作とは、もともとある創作物をサンプリングして、別の創作物にしていくわけです。昔の作品を模倣するというのはどの文化にも昔からあったことですが、これだけ大々的に行われているケースは珍しいわけです。ロックなんかはあるアーティストが内面から湧き上がってくる気持ちみたいなものを楽器にぶつけて、その結果できた曲があって、その曲をみんなに聞いてもらうという、その内面に創作のリソースがあるとする創作のモデルがあるとするならば、ヒップホップというのは広大なレコードの中からどこを使おうというように、データベースに検索をかけていくというイメージなんですよね。内面ではなく外部に創作のリソースがあって、これは使える、これは使えないという形でどんどん作っていくというモデルなわけです。そういう意味では、ロックまでは近代的なモデルであったものが、ポストモダンという言い方をしましたけれども、新しい創作のモデルが1970年代のアメリカ、黒人音楽のジャンルで誕生してきたわけです。

アメリカン・ミュージックの系譜(24) ヒップホップの成立

アメリカン・ミュージックの系譜第十一回 講師は大和田俊之氏です。 

1、意義

 ・年配の音楽ファンの中には、非常に熱心な黒人音楽のファンなのに、ヒップホップについてはよくわからないという方が割と多いのではないかと経験的に思っています。ヒップホップの一般的なイメージは、ギャングで、怖そうという先入観があるかと思うんですけれども、今回はヒップホップという音楽ジャンルが持っている非常にクリエイティブな側面についてお話したいと思います。

2、ヒップホップ成立の前提条件、シンセサイザーの普及

 (1)、意義

  ・ヒップホップという音楽ジャンルが成立するためにはいくつか条件が揃う必要があるんですけれども、その一つはシンセサイザーが音楽業界に導入されたということです。ジェームス・ブラウン(James Brown)は生楽器で演奏をしているわけですけれども、ヒップホップは電子的は楽器の反復的なビートというものがまず必要であります。

 (2)、影響を及ぼしたバンド

  ・ドイツのクラフトワーク(Kraftwerk)というバンドであったり、イタリア人のジョルジオ・モロダー(Giorgio Moroder)というプロデューサーであったり、そういった人たちがいろいろな実験をしていました。ここに日本のグループYMOも入ってきます。世界のポピュラー音楽史がもし書かれるとしたら、日本のミュージシャンで入ってくるのはもしかしたらYMOだけかもしれないというくらい、このグループは世界的な影響力を持ったグループです。YMOもシンセサイザーをいろいろ駆使したテクノポップのバンドで、アメリカでも非常にヒットをしました。そのアメリカでもヒットした曲を聞いていただきます。Computer Game Theme From The Circus。



  この曲がビルボードチャートで60位くらいまで上がりました。他にもYMOは有名な曲があるんですけれども、アルファレコード(Alfa Records)を通してアメリカでもヒットしました。後に、ヒップホップの黎明期のプロデューサーは、私はクラフトワークやYMOを聞いてヒップホップを始めたんだというインタビューがあって、非常に世界的に影響を及ぼしたバンドです。つまり、シンセサイザーがポピュラー音楽の世界にどんどん入ってくるということが、ヒップホップ成立の前提条件としてあります。

3、ヒップホップの成立

 (1)、意義

  ・具体的にヒップホップという音楽ジャンルはどういう風にして始まったのかというと、これは割かしはっきりとわかっています。ヒップホップは、1970年代のニューヨークのブロンクスで発祥しました。

 (2)、ヒップホップのトラック

  ①、DJクール・ハーク

   ・1970年代のニューヨークというのは、工場がどんどん街から出ていってしまって、失業者があふれて、ほとんどスラム化した状態でした。多くの放火が日常的に起きていて、かなり大変な状況でした。そうした中でもアフリカ系の若者達は日常を営んでいるんですね。そうした中で、ブロックパーティ(Block Party)と言って、公園の中や公民館を借り切って、ダンスパーティーが開かれていました。このダンスパーティーでは、ジェームス・ブラウンの曲がよくかかっていましたが、その中でクール・ハーク(Kool Herc)という有名なDJがいました、

  ②、レコードの二枚使いの発明
   
   ・クール・ハークは、曲の途中でドラムだけになる部分がありますが、この曲の間にあるリズムブレイクと呼ばれる所で、実は非常に盛り上がるということに気が付きました。このリズムブレイクがどういうものなのか、当時よくかかっていたと言われているジェームス・ブラウンのFunky Drummerという曲を、5分20秒くらいの所からリズムブレイクが始まるので、聞いてください。



   この曲の途中でドラムだけになってしまい、そこでダンスフロアが非常に盛り上がるということですね。DJクール・ハークは、このドラムブレイクの部分がもっと長ければいいのにと思ったんですが、レコードをかけているので20秒後にはまた楽器が入ってきてしまうわけです。そこで、DJクール・ハークは同じレコードを二枚用意して、一方のレコードでリズムブレイクの部分を演奏している間に、もう一枚のレコードのリズムブレイクの最初の所に針を用意して、一枚目のレコードがリズムブレイクの最後の所にいった瞬間にもう一つのレコードから音が出るように操作して、二枚目のレコードのリズムブレイクを流し始めるわけです。これをずっと交互にやると、リズムブレイクの長さを自在に操作することができるわけです。これがレコードの二枚使いといって、ヒップホップという音楽ジャンルが成立するために非常に重要なことでした。

  ③、受容者によって改変される作品の在り方

   ・ベートーベンの第九の最初の部分がカッコいいからこの部分を何回も繰り返すとか、村上春樹の小説のこの部分がとっても気持ちがいいので書き加えていいのかと言われれば、ダメですよね。ジェームス・ブラウンはこの5分22秒から40秒までのリズムブレイクはこの長さでいいと思って作っているわけです。ところが、リスナーの要請によってその長さを調整していくところに、文化の表現の在り方が決定的に変わっているわけです。音楽でも文学でも絵画でもなんでもいいんですけれども、作者が作り出したものが作品としてあって、それは一字一句変えてはならなくて、読者やリスナーや鑑賞者がそれをありがたがって享受するというモデルがロマン主義やモダニズムの芸術作品の享受の仕方であるとすると、ここでフロアのニーズによって作品を改変するというアプローチが出てくるわけですね。作者がいて作品があって受容者がいたとすると、受容者も作品にアプローチして作品の形を変えてしまう、なぜならこの方が受容者にとって都合がいいからというモデルですね。日本でいうとマンガとかアニメの周辺に二次創作という文化があります。そのマンガのキャラクターを用いて別の話を作ってしまうという創作活動があります。ヒップホップはこれに割と近い形です。ある作品を別の作品を作るための素材としてしまうということが、ヒップホップでは普通になっていきます。

  ④、反モダニズムとしてのヒップホップ

   ・このようにリズムブレイクをどんどんと伸ばして、他の部分を全部切ってしまうわけです。そして、この上にラップをのっけていくわけです。これが基本的なラップの形です。DJクール・ハークは「曲のカッコいい所に来るまでに余計な所が多すぎる」とインタビューで答えていますが、余計な所というのは普通に歌の部分であったりするわけですね。彼にとっては一番盛り上がるカッコいい所というのはリズムブレイクの所で、この部分が一番カッコいいんだからそこを繰り返せばいいじゃないか、ほかの部分はいらないじゃないかというインタビューです。確かに、AメロBメロがあってサビがくるからサビの部分がカッコよく聞こえるのではないのかという考え方もありますがこれはモダニズムの考え方で、ヒップホップはカッコいい部分をその文脈から引き離して別の文脈にして反復させるという徹底した反モダニズムの音楽実践であると言えます。これは1970年代に生まれた音楽として、非常に新しい音楽だといえると思います。

 (3)、ヒップホップのリリック

  ・繰り返されるビートの上にラップをのっけていくわけですが、ラップは韻を踏んで、これはジャズに非常に近いんですけれども、共通のテーマとして例えば白人社会をぶっ潰せというのが黒人の若者の間で共通のテーマだとすると、じゃあこのテーマでどういう風に気の利いた韻を踏みながら反復するビートの上でラップしていくのかということです。長谷川町蔵さんという音楽ライターの方と『文化系のためのヒップホップ入門』という本を出したんですけれども、この時に町蔵さんは、日本でいうと俳句とか短歌とかの句会みたいなものに近いとおっしゃっていました。要するに、一句このお題で読んでくださいという事で、白人社会をぶっ潰せというテーマはテーマで大切なんですけれども、むしろどういう風に韻を踏んで気が利いたビートののっけ方をするのかということで、おそらく多くの人はそれを聞いています。これはジャズの即興演奏と同じように、今の韻の踏み方カッコいいねとか、今の単語の選び方はすごくカッコいいねとかそういった所を見ているものなのだなと思っていただくとよいと思います。世界中どこにでもあると思いますけれども、言葉遊びの一つだと思ってください。

 (4)、最初に録音されたヒップホップ

  ・ヒップホップが最初に録音されたのは、実はヒップホップを一番熱心にやっていた人たちではないというのが切ない所ではあるんですけれども、一番最初のヒップホップのレコードと言われて、かつ一番ヒットしたものとして、シュガーヒル・ギャング(The Sugarhill Gang)でRapper's Delight。



   聞いていただくと分かると思いますが、音楽の部分はずっと同じものが繰り返されていて、その上でマイクリレーと言いますけれども、いろいろなラッパーがマイクをもってラップをしていくというもので、構造としてはモダンジャズに近いものです。

アメリカン・ミュージックの系譜(23) ファンクの衝撃

アメリカン・ミュージックの系譜第十回 講師は大和田俊之氏です。

1、意義

 ・公民権運動と言った時に、1954年のブラウン対教育委員会裁判の最高裁の判決が出て、「分離すれど平等」という半世紀に渡って行われてきた人種差別的な政策が違憲であるという判断がされました。これによって公民権運動は一気に盛り上がって、キング牧師が出てきてということですね。1964年に包括的な公民権法が制定されます。この時代の黒人音楽で重要なものとして、ファンクがあります。

2、ファンクの成立

 (1)、意義

  ・一般的にはジェームス・ブラウン(James Brown)という人が切り開いたジャンルと言われていますけれども、このファンクという音楽ジャンルの成立というか、これからジェームス・ブラウンの曲の変化に注目していきたいと思います。

 (2)、デビュー当初のジェームス・ブラウン

  ・ジェームス・ブラウンは1956年にレコードデビューをしています。エルヴィス・プレスリーと同時代だと思ってください。最初は普通のR&Bの曲、Please, Please, Pleaseでデビューをしています。最初のPlease, Please, Pleaseは三連符を中心とするR&Bなんです。



 (3)、ファンクの成立

  ・1960年のThinkあたりからだんだんリズムが跳ねるようになって、1965年のPapa's Got a Brand New Bagでついに三連符というかシャッフルビートと言ってもよいとおもうんですけれども、シャッフルビートを捨てていわゆる16ビートの音楽になっていきます。これがだいたい1960年代の半ばで、これがだいたいファンクミュージックの成立と言われているんですけれども、この時期の代表曲であるPapa's Got a Brand New Bagを聞いていただこうと思います。



  1950年代半ばまで、ロックンロールまではアメリカのポピュラーミュージックの基本的なビートは三連符でした。それがロックになった時にエイトビートになっていくというアメリカの学者の説があります。しかし、ほぼ同じ時期に黒人音楽の方は、三連符だったものが16ビートになっていくわけです。ジャームス・ブラウンのファンクという音楽によって、一小節を16分割するという音楽が出てきます。今聞いてただいた曲の中で、楽器で重要なのはエレクトリックベースですね。今までベースはウッドベースが担当することが多かったわけですが、これがエレクトリックベースになっています。ウッドベースはサスティンが短いという言い方をしますが、弦をはじくと音がでてすぐ消えるわけですが、エレクトリックベースの場合は弦をはじくと一定の音が出ます。一定の音が出るということは、弦を触ると音がすぐに消えますから、音を細かく切りやすくなるわけです。これは、16ビートの細かいビートに適しているわけです。こういうわけで、ジェームス・ブラウンは一小節を16分割して、細かくリズムを刻んでいって、ある意味全ての楽器をリズム楽器として、リズムの網の目のような音楽を形成していくわけです。それをファンクというわけです。

 (3)、ワンコードの音楽ファンク

  ①、ワンコードの音楽ファンク

   ・もう一曲1970年のSex Machineという曲を聞いていただきます。



   Papa's Got a Brand New BagとSex Machineで何が違うのかというと、Sex Machineは基本的にはワンコードなんです。私は戦後のあらゆる音楽家の中でジェームス・ブラウンが一番重要な音楽家だと思っています。ジェームス・ブラウンがいなければヒップホップもないし、ハウスもテクノもないわけですね。後世に与えた影響という意味でもそうですけれども、ワンコードでヒット曲を作っていくということですよね。

  ②、コード進行を否定することの意味

   ・1959年にマイルス・デイヴィスが「Kind of Blue」というアルバムでモード奏法というものを始めます。モード奏法も和音の進行を極限まで減らすというか、基本的にはコード進行をしないという前提のもとでソロはどういうものが可能かということをマイルスは考えていたわけですけれども、1960年代後半に同じ黒人のミュージシャンが、しかもジェームス・ブラウンはより売れる、ヒットというものが求められる状況のもとで、和音一つで曲を量産していったいったということはとんでもないことだと思います。前衛的なことをするミュージシャンはいつの時代もいるわけですね。しかし、ジェームス・ブラウンはそれで次から次へとヒット曲を出していった、ポピュラリティーがきちんと伴っていたという意味で、本当に尋常ではないミュージシャンだったと思います。その意味で、マイルス・デイヴィスとジェームス・ブラウンが別のジャンルではあるんですけれども、同じ黒人音楽の中でコード進行というものを否定していった、コード進行というものがバッハに由来する機能和声的な西洋のクラシックの楽典的な音楽理論であるとすると、公民権運動のさなかに和音一つで音楽を作っていくとうことに、なんらかの黒人のアイデンティティーが関与しているのではないのかということが言えなくはないわけです。

  ③、三連符から16ビートになったことの意味

   ・もう一つ、三連符から16ビートになったといいましたが、「シャッフル」という言葉はアメリカの芸能史においては割と重要な意味を持っています。19世紀にミンストレル・ショーという白人の芸人が顔を黒塗りにしてステージ上で黒人のものまねをするという芸が非常に盛んであったんですね。その時の主な出し物の一つが、「シャッフル」と言って、足を引きづって歩くことが黒人っぽい身体所作であるとみなされて、お笑いのネタになっていたわけですね。このシャッフルが公民権運動の時に、黒人が自分達に押し付けられるステレオタイプの象徴としてこの「シャッフル」と言う言葉がとらえられるようになって、公民権運動の時にみんなが練り歩きながらやるコールする時に、「私達はもうシャッフルしない」というようなコールがサンフランシスコのデモなんかであったと言われております。つまり、三連符から16ビートになるということは、シャッフルからの離脱、白人から押し付けられた黒人のステレオタイプから逃れて、自分達自身のアイデンティティーを作っていくと解釈できなくもありません。

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