音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

    

AORについて TOTO

  • 2018年07月07日
  • AOR
 今回は、「今日は一日“AOR”三昧リターンズ」よりAORについてまとめます。解説は、金澤寿和氏です。

 TOTOはスタジオミュージシャンユニットです。ボズ・スキャッグス(Boz Scaggs)のバックとして世に出てきました。もともとはハイスクールバンドなんですけれども、メンバーがみんなそれぞれスタジオミュージシャンとして活躍をして、ボズの1976年の「Silk Degrees」で活躍して、スタジオミュージシャンとして広まって、バンドデビューして、1982年に大ヒットしてグラミー賞総なめみたくなったのが、TOTOの4枚目「TOTO IV(邦題:聖なる剣)」です。そこから全米ナンバーワン曲でAfrica。


 1970年代後半からセッションミュージシャンという言葉もすごくクローズアップされて、ジャズ/フュージョン系がメインではあったんですけれども、実はその前のジェームス・テイラー(James Taylor)のバックなんかで出ていたセクションのメンバーあたりからスタジオミュージシャンが注目されて、TOTOが出てきて一気にひっくり返りました。ラリー・カールトン(Larry Carlton)とかジャズ/フュージョン系のメンバーもいたんですけれども、歌もののバッキングの世界でこれだけロックっぽいバッキングをするのはTOTOが最初でした。エアプレイ(Airplay)と兄弟関係みたいなものですけれども、この辺によって世の中がひっくり返ったという意味で、象徴的なグループだと思います。

 TOTOのドラマーであるジェフ・ポーカロ(Jeff Porcaro)はソロは叩かないですけれども、ノリが独特で、ジェフ・ポーカロにしか叩けないものです。タイム感が思いっきり溜まっているというノリはなかなか他には出せません。そのあとTOTOはサイモン・フィリップス(Simon Phillips)というドラマーにかわりましたけれども、技術的には多分サイモンの方が上なんですよね。でもノリが全然違います。ジェフ・ポーカロは黒人の音楽をよく聞いていたので、溜まったノリがでますけれども、サイモンは16ビートというか、ジャズからきている人なので、手数は多いですけれども黒っぽいノリではないんですね。だから、ジェフ・ポーカロが突然亡くなってサイモン・フィリップスが入った時は、Georgy PorgyとかAfricaなんかも、わりとカラッとしたアレンジになりました。最近はサイモンも黒っぽいノリが出てきていますけれどもね。これはどちらがいい悪いではなくて、バックボーンの違いの話です。

AORについて 『なんとなく、クリスタル』

  • 2018年07月02日
  • AOR
 今回は、「今日は一日“AOR”三昧リターンズ」よりAORについてまとめます。解説は、金澤寿和氏です。

 1980年代に入った頃、AORについて日本で特徴的な現象であったことに、『なんとなく、クリスタル』があります。いまや政治家になっていますが、田中康夫さんの小説です。この当時のヤングアダルトの生活実態みたいな、ブランド志向で、小金持ちで、外車乗り回してという、そういうようなクリスタルな時代、AORがライフスタイルな、そういうものが流行りました。もちろん本が流行ったんですけれども、そこに若者の生活実態があって、みんなそれに憧れた時代だったんですね。今の若者は車はいらないという世代なので全然違う世界ですが、あの当時の20代の人は上昇志向が強かったというか、いい車に乗りたいよねとか、いい洋服着たいよねみたいな文化だったので、それが本の中にスタイルとして書かれていて、そのサウンドトラックがAORだったという時代ですね。その小説が映画化されて、その映画に入っていたのがポール・デイビス(Paul Davis)です。テーマ曲のように使われました。かとうかずこさんのセリフで映画は始まるんですけれども、そこでBGM的に流れていたのが、ポール・デイビスです。I Go Crazy。



AORについて エアプレイ(Airplay)

  • 2018年07月01日
  • AOR
 今回は、「今日は一日“AOR”三昧リターンズ」よりAORについてまとめます。解説は、金澤寿和氏です。

 エアプレイでCryin' All Night。



 1980年に「Romantic」を発表したエアプレイは、日本のAORシーンをひっくり返したバンドです。プロのミュージシャンとかアレンジャーとか、アマチュアの楽器少年など、サウンド志向の人達が、みんなエアプレイでひっくり返りました。それだけ緻密な音楽を作っていました。曲もいいですし。ジェイ・グレイドン(Jay Graydon)やデイヴィッド・フォスター(David  Foster)の知名度も、ここで日本で上がりました。日本でのみ大成功したといっていいと思います。アメリカではレコードはもちろん出たんですけれども、あまりプロモーションしてもらえなくて、ほとんど売れませんでした。日本では、プロ志向の人とか、音楽的に耳の肥えた人が騒ぎ出して、非常に知名度が上がって、シングルヒットとかは特にないんですけれども、ちょっと音楽に詳しい人はみんな知っているという状況になりました。この頃、アレンジャーはみなエアプレイにはまりましたから、日本の歌謡曲とかニューミュージックはみなエアプレイみたいなアレンジになったという、いろいろなシンガーの曲が、これはエアプレイじゃないか、これはTOTOじゃないかと、そういう状況になりました。ただ、逆をいうと、これまではブルー・アイド・ソウル的なAORが主体だったのが、ここからTOTOとかエアプレイとか、割とロックよりになっていきます。ボズ・スキャッグス(Boz Scaggs)のBreakdown Dead Aheadなんかもロック的でしたが、こういう時代になってきます。わりとディスコよりだったブルー・アイド・ソウル的なAORが流行っていた流れが、この1980年代からロックに寄っていきました。それと同時に、言葉もソフトアンドメロウとか呼ばれていたのが、AORという言葉に置き換わっていきました。それがちょど1980年代に入った頃のことです。

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