音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

日本のロック史(4) ビートルズの落とし子・GS 1966-68年

 今回は、篠原章氏の『J-ROCKベスト123』(講談社、1996)より、日本のロックの歴史をまとめます。

1、ビートルズの来日

 (1)、ビートルズの来日

  ・1966年6月28日~7月3日にビートルズが来日する。これをきっかけとしてビートルズに熱狂する少女が急増し、これをとりあげるマスコミ報道も過熱した。彼らの音楽や長髪の是非をめぐる議論、ビートルズを通じた少女たちの不良化という議論まで起こった。

 (2)、グループ・サウンズの時代へ

  ・すでにエレキ・インスト期に電気楽器はアマチュア・レベルまで広く普及し、こうした楽器を使った小編成のバンドも珍しくなくなっていた。このような状況下、プロ・アマを問わず日本のエレキ小僧たちが、ビートルズの来日を期にベンチャーズからビートルズなどリヴァプール系サウンドの模倣に走った。グループ・サウンズ(GS)時代の始まりである。

2、グループ・サウンズについて

 (1)、GSのはじまり~スパイダースとブルー・コメッツ~

  ①、スパイダースとブルー・コメッツ

   ・GSブームの先陣を切ったのはスパイダースとブルー・コメッツである。両者とも本来ロカビリー/C&W系のバンドだったが、スパイダースは1966年に全曲オリジナルの『ザ・スパイダース・ファースト・アルバム』で完全にリヴァプール化、ビートルズ来日に先だってGSの原型を確立した。一方、ブルー・コメッツーは、リヴァプールの影響を受けた大ヒット「青い瞳」を1966年に発表て以降、独自のGSサウンドを定着させた。


  ②、日本のGSの傾向

   ・スパイダースに象徴されるように、GSがリヴァプールに触発されて生まれたことはたしかだが、そのヒット曲の系譜は、ブルコメに由来する“歌う哀愁のエレキ・バンド”という道を歩み、リヴァプール・サウンドとは似て非なる世界が描かれたのであった。

 (2)、GSの最盛期~タイガースとテンプターズ~

  ①、タイガース

   ・GSという呼称が一般化したのも1967年~1968年だが、その代名詞のような扱いを受けたのがジュリー(沢田研二)を擁するタイガーである。1967年発売の「シーサイド・バウンド」で一気にスターダムにのし上がると、以後「モナリザの微笑」「君だけに愛を」「シー・シー・シー」など立て続けに大ヒットを放ち、その人気は他のGSを圧倒した。






  ②、テンプターズ

   ・タイガースをビートルズにたとえれば、ローリング・ストーンズはショーケン(萩原健一)を擁するテンプターズだった。埼玉県大宮出身の彼らは、アマチュア時代からストーンズやビートルズのカバーが得意だったが、1968年の「神様お願い」でブレイク、同年の「エメラルドの伝説」でその人気を確立した。




 (3)、その他のGS

  ・モッズ系のカーナビーツ、失神パフォーマンスのオックス、フォーク・ロック系のワイルド・ワンズのほか、ジャガーズ、ヴィレッジ・シンガーズ、ゴールデン・カップス、モップス、パープル・シャドウズ、リンド&リンダーズ、ダイナマイツ、フィンガーズ、フラワーズなどを主要なGSとして挙げることができる。

 (4)、GSブームの終焉

  ・GSブームも1968年暮れから1969年にかけて急速にしぼんでいく。ブームの仕掛人・ブルコメが、1968年発売の「さよならのあとで」のヒットによってGSサウンドに訣別、以後ほとんどのGSは歌謡曲化した。こうして、ロカビリーに始まる日本の“ロック先史時代”は、GSの歌謡曲化とともに終わりを告げるのであった。

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