音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

日本のロック史(6) ロックの多様化とニュー・ミュージック 1973-78年

 今回は、篠原章氏の『J-ROCKベスト123』(講談社、1996)より、日本のロックの歴史をまとめます。

1、ニュー・ミュージックについて

 (1)、定義

  ・ニュー・ミュージックとは、移入文化としてのロックを音楽的なベースとしながら、日本固有の「現在」を表現しうる新しいポップの体系を構築しようとする試み全体であると。言い換えれば、ニュー・ミュージックとは、移入音楽・ロックをいかなる形で受け入れるかという試行錯誤のプロセス全体だったのである。なお、1970年代中盤以降の歌謡曲化したフォークを「ニュー・ミュージック」ということもある。

 (2)、期間

  ・ニュー・ミュージック期ははっぴいえんどの解散した1973年に始まり、YMOが結成され、サザンオールスターズがデビューした1978年に終わる。この六年間は、日本が第一次石油ショックを克服して変動相場制下で成長を継続し、第二次オイル・ショックを主因とした安定成長に移行するまでの時期と一致する。すなわちニュー・ミュージックは、高度成長末期を象徴するポップであり、モノの価値が相対化され「絶対」という基準が遠ざかる時期に開花したポップだった。

 (3)、日本語ロック論争

  ①、日本語ロック論争とは?

   ・1971年~1972年にかけて、はっぴいえんどの評価をきっかけとして、「日本語ロックか英語ロックか」をテーマに行われた論争。しかし、この論争の背後には、移入文化・ロックを絶対的な基準として受け入れるか(絶対ロック派)、ロックを日本という文脈で相対的に評価しながら受け入れるか(相対ロック派)というロックの評価とその受入れ方をめぐる論争でもあった。

  ②、絶対ロック派

   ・絶対ロック派の代表格は内田裕也である。彼のプロデュースによる「ワン・ステップ・フェスティバル」は、“ロックという普遍性”を布教するための一大イベントだったが、ここにおいて展開された日本ロックの多彩さは、80年代のロック/ポップの状況を先取りするものであった。カルメン・マキ&OZや紫といったハード・ロック系バンドが大きな支持を集めたのもこの時期の特徴だ。彼らの存在が80年代以降のヘヴィメタ・ブームのベースとなっている。また日本のロックバンドクリエイションもフェリックス・パパラルディ(FELIX PAPPALARDI)とのコラボレーションを実現し、世界レベルで通用する日本のハード・ロックが確立された。

  ③、相対ロック派

   ・相対ロック派を先導したのははっぴいえんどだ。彼らは1973年の解散後も、幅広いポップのエッセンスを吸収しながら、それを日本という風土の中でいかに具体化するかを追求し、新しいニュアンスのポップの体系を問い続けていった。はっぴいえんどからはキャラメル・ママ/ティン・パン・アレー(細野晴臣)とナイアガラ(大瀧詠一)という二つの大きな潮流が生まれたが、この二つの潮流からは多数の個性的なアーティストが巣立っている。たとえば荒井由実、山下達郎(シュガー・ベイブ)、吉田美奈子、あがた森魚、矢野顕子、ムーンライダーズ等々である。彼らはいずれもロックの相対化を通じて独自の世界を構築していった。

  ④、結果

   ・70年代の日本ロックは、こうして相対ロック派と絶対ロック派との相克を一つの軸として展開するが、結局は相対ロック派に収束することになるのである。しかしこの時期の絶対ロック派の活動が相対ロック派に及ぼした影響も無視できない。

 (4)、ニュー・ミュージック期

  ・ニュー・ミュージック期の主役は、相対ロック派・はっぴいえんど→ナイアガラ/ティン・パン・アレー系人脈であり、彼らと交流しながら独自性を獲得したサディスティック・ミカ・バンド系人脈であった。彼らの試行錯誤がシーンに与えた影響は絶大で、その後のポップは彼らの描いた軌跡を軸に展開したといってよい。80年代に入ってからのYMOおよび大滝詠一の大成功もその証しだが、松田聖子プロジェクトを経てユーミン帝国・サザン帝国へと至る潮流も彼ら抜きでは語れない。はっぴいえんど解散に始まるニュー・ミュージックは、ユーミンのブレイクおよびサザンオールスターズのデビューに帰結し、さらにYMOの結成によって乗り越えられることになるのである。

2、ロックの多様化

 ・ロックの大衆化に大きな役割を果たしたキャロルの登場も手伝って、ロックもしだいにビジネス的な裏づけを与えられるようになり、ロック専門レーベルも設立された。ロック系レコードの発売タイトルも増加し、コンサートの動員力も増し、ライヴ・ハウスも定着、以前は注目されなかった地方のロック・バンドやブルース系のミュージシャンも活動の場を広げていく。70年代の終盤には、ゴダイゴ、甲斐バンド、ロック御三家(原田真二・桑名正博・チャー)もブレイクした。

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