音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

渋谷陽一、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)を語る

world rock now 20060811

1、1st「Led Zeppelin」

 1969年に発表されましたレッド・ツェッペリンのファーストアルバム「LED ZEPPELIN」からGood Times Bad Times。


 ヤードバーズというレッド・ツェッペリンのギタリストであるジミー・ペイジが在籍したバンドがありまして、そこにはエリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジという俗に言うイギリスの三大ギタリストが在籍しておりまして、三代目であるジミー・ペイジがヤードバーズの最後のギタリストになったんですが、その彼が新しいバンドとしてレッド・ツェッペリンを組んだというのは、ジェフ・ベックはハードロックのジェフ・ベックグループを成功させていたという背景もあり、それなりに注目はされていました。ただし、アメリカの方が注目度は高くてイギリスではレッド・ツェッペリンなんていうバンド名では観客が動員できないからニュー・ヤードバーズという名前で営業しろ言われたり、ライブを強要されたりというようなことはありました。当時はビデオクリップなんてありませんでしたが、Communication Breakdownのビデオクリップがあってそれが日本のテレビでオンエアーされたんですよ。当時は動いてるロックミュージシャンを見れる機会もなく、これを見た私は人生が変わるようなショックを受けてですね、なんというカッコよさだということで腰を抜かしたとう経緯があるんですよね。レッド・ツェッペリン自身がどの辺がユニークかということについてはいろいろな評価があって、当時のロックジャーナリズム的には、ジェフ・ベックグループが本来のハードロックの原型をつくったものであり、レッド・ツェッペリンはそのパクリであるというようなことを言われておりまして、そこでジミー・ペイジは、ヘビーなロックにアコースティックギターを導入したというそこに俺の発明があるんだということを盛んに主張しておりました。そういうような世界観が反映されているナンバーを聞いていただこうと思います。Babe I'm Gonna Leave You。


 ジミー・ペイジは前のバンドであるヤードバーズについては、それなりにフラストレーションを抱えていたと僕は思っていて、私の仮説なんですけれども、実質的にヤードバーズのラストアルバムになる「LITTLE GAMES」というアルバムがあるんですが、ここで後のレッド・ツェッペリンナンバーを何曲か演奏しているんですが、やっぱりかなり違うんですよね。キース・レルフというボーカルはヤードバーズの中ではうまく機能していたんですけれども、ジミー・ペイジが考える新しいロックバンドのスタイルの中にはやっぱりキース・レルフはいなかったんだろうなぁと思います。次に聞くDazed and Confusedもヤードバーズ時代からやっているナンバーなんですが、やっぱりこの4人によって演奏されたことによって全く違った曲になっています。


 「LITTLE GAMES」といいましたが、Dazed and Confusedは「LIVE YARDBIRDS」に入っておりまして、このアルバムはあまりいいアルバムではなくて、ジミー・ペイジはこんなもん出しやがってという感じで怒って全部回収したという話があります。

2、2nd「Led Zeppelin II」

 ファーストアルバムは大成功を収めまして、続いてレッド・ツェッペリンの人気を決定づけるセカンドアルバムが同じく1969年に発表されるんですけれども、この間レッド・ツェッペリンはツアー中にずっとレコーディングをしているんですよね。狂気のような熱狂ツアーをやりつつ、アメリカで録音したりドイツで録音したり全世界で録音して、不朽の名作と言われている「LED ZEPPELIN II」が作られていくんですよね。Whole Lotta Love。


 このセカンドアルバムには他にも、Heartbreakerがあったり、Livin' Lovin' Maid <She's Just A Woman>があったり、Ramble onがあったり、The Lemon Songがあったり、彼らを代表する楽曲が山のようにあって、このアルバムの大成功によって世界的に最も人気のあるハードロックバンド、あるいはロックバンドとしての地位を確固なものにしたんですよね。すべてロックファンのツボにはまった曲ばかりで、当時は私は高校生でしたけれども、もう中毒になったようにこのアルバムは聞きましたね。

3、3rd「Led Zeppelin III」

 1970年にサードアルバムが発売されるんですけれども、これはこれまでのハードロックバンドとしてのレッド・ツェッペリンのイメージを根底から覆す、非常にアコースティックなテイストに満ち溢れたかなりの問題作でありまして、我々のような子どもはこのアルバムに「なんだこりゃ、こんなものツェッペリンじゃない」って感じで怒った記憶があります。元々ジミー・ペイジは自分の好きなグループにバッファロー・スプリングフィールドをあげておりまして、またイギリスではペンタングルとかフェアポート・コンヴェンションという所謂トラッドなロックバンドがすごく大好きで、バート・ヤンシュ(ペンタングルのギタリスト)を最も好きなギタリストとしてジミー・ペイジはあげているくらいでありまして、このようなマインドを元々持っている人なので、彼にとってはごくごく自然な成り行きでつくったアルバムなんでしょうけど、これは問題作であったわけであります。Celebration Day。Tangerine。



 このときにレッド・ツェッペリンは来日をしまして、ステージではアコースティックセットがあってドンドンやった後にステージの隅でチョコチョコっと固まってアコースティックセットでやりました。このスタイルが五枚目以降にものすごく影響を与えていくんですけれども、子どもの頃の僕らはよく分かりませんでした。

4、4th「Led Zeppelin IV」

 世間ではレッド・ツェッペリンの代表作といわれております「LED ZEPPELIN IV」。1971年にアルバムが登場するわけでございます。そのシングルヒットナンバーであり、その後ロックのスタンダードナンバーとして歌い継がれるナンバーを聞いていただこうと思います。Rock and Roll 。



 これはレッド・ツェッペリンの代表作でもあり、ロックのアルバムベスト何みたいなものが世間的に選ばれると、レッド・ツェッペリンはたいていこれが入っていると、私的には全然納得できないんですけれども。ここにStairway to Heavenという大バラードが入っているんですけれども、レッド・ツェッペリンというとこれ以後はこの曲で語られることが多くなります。


 私的にはこの四作まででひとくくりで、これまでのレッド・ツェッペリンとこれ以後のレッド・ツェッペリンである意味違うバンドになっていると僕の中では認識しております。

5、5th「Houses of the Holy」

 レッド・ツェッペリンがより器楽的な要素を強め、ある意味ロバート・プラントの役割が別の意味で重要になってくるのが五枚目以降になります。これ以降またものすごいレッド・ツェッペリンがよりもっとものすごいレッド・ツェッペリンになっていくんですけれども、五枚目のアルバムHouses of the Holyから二曲続けて聞いていただきます。The Song Remains the Same、そしてThe Crunge。



 もうわけのわからないところにきてしまいましたね。The Crungeというのは現在でもこんな奇妙なファンクはないですね。非常にホワイトな、しかしものすごくグルーブのある、唯一無比な存在になってきましたね。ロバート・プラントもThe Crungeではフリースタイル的なボーカルをやってちょっと呪術的にも聞こえる感じがるんですけれども。一枚目二枚目は基本的にジミー・ペイジが作詞作曲をやっていたんで所謂歌メロがあったんですよ。歌メロはだんだんなくなってきて、五枚目からは完全に歌メロはなくなるんですよ。ロバート・プラントもついにボーカルの枠組みを超えて器楽的なるものに、新しい誰もが到達しなかった、きっとロバート・プラントも到達したくなかった領域へと到達したのがこのThe Crungeだったと思うんですが、その方向性をより強力に推し進めたのが六枚目のアルバムPhysical Graffitiであります。

6、6th「Physical Graffiti」

 この六枚目のPhysical Graffitiの中にはなぜか五枚目のアルバムタイトルであるHouses of the Holyが入っているという。まずはそれを聞いていただこうと思います。Houses of the Holy。

 
 このアルバムは二枚組みで雑多で、レコーディング時期もばらばらでいろいろなものが入っているんですけれども、このアルバムの中でこの後にスタンダードナンバーになり何かとカバーもされることになったKashmirが入っていて、続いて聞こうとおもうんですけれども、これもリフとグルーブがそのままで9分近く押し切って全く退屈させない異常なレッド・ツェッペリンしかありえないナンバーですよね。Kashmir。


7、7th「Presence」

 1976年にPresenceという七枚目のアルバム、個人的には僕はこれが最高傑作だと思っていてですね、ジミー・ペイジに僕はこれが最高傑作だと思うんですけれどもといったら、「ホント、ホント、お前Presence好きなの。」って結構うれしそうでしたよ。Achilles Last Standという、これまた私の最も好きなレッド・ツェッペリンナンバーを聞くんですけれども、これが出たときにロックはついにここまで来たと私は個人的に思ったんですけれども、ロックが到達した最高の地平ではなかろうかと個人的には思っているナンバーを聞いてください。Achilles Last Stand。


 この曲もそうですけれどもPresence全体のはりつめた空気感が流れていますよね。ちょうどロバート・プラントが交通事故にあって車椅子状態で、ボーカルは車椅子に座りながらやっていて、現実的にスタジオにこもりっきりで全員が共同生活をしながら作られたという、ある意味セカンドアルバムの世界を放浪しながらやっていたときとは全く間逆の形で非常に集中度の高いアルバムで、ここにレッド・ツェッペリンマジックのすべてが凝縮して独特のとんでもない領域に、聞いていると人間の基本的な一番深いところに届いて人を突き動かすなにがしかのマジックがPresenceの中にはあるような気がします。Royal Orleansも隙間とグルーブが交錯するファンクですけれどもこれもすごい。


8、8th「In Through the Out Door」

 Presenceはレッド・ツェッペリンが到達したすごい到達点だと思うんですけれども、そこから数年後に出たIn Through the Out Doorで私はガックリきてしまって、かなり失望しました。In Through the Out Doorになって今風の音になった感じがしますが、ここからまた別のところに行こうとしたらしいですね。要するにシンセサイザーを大幅に導入して今までのレッド・ツェッペリンの方法論ではない音作りと曲作りに向かおうと。ジョン・ポール・ジョーンズを主体にちょっと違うと所に行こうという実験作のとば口だったんですよね。ここで解散しちゃうからその後は聞けなかったんですけれども、この後の物語があったのかもしれないですけれども、これだけ聞くとなんだかよく分からないなぁみたいな感じがします。Fool in the Rain。


9、9th「coda」

 1980年にジョン・ボーナムが亡くなってしまって、これがレッド・ツェッペリン解散につながっていくわけですけれども、非常に残念ですね。ジョン・ボーナムが亡くなった後ですけれども、codaというこれが実質的にレッド・ツェッペリンのラストアルバムが発表されます。ここにはいままでの音源をもとにしていろいろなものを手を加えたりしてという作品が作られるんですけれども、ジョン・ボーナムが亡くなったことでレッド・ツェッペリンが終わったんだということはなんとなく納得できますよね。四人の誰一人欠けてもレッド・ツェッペリンにはならないと思うんですけれども、特にドラムロックのレッド・ツェッペリンはジョン・ボーナムがいないとこの音は生まれないですよね。当時はジミー・ペイジのバンドだと思っていたので新しいドラムを入れてやればいいのにと少年渋谷陽一は思ったんですけれども、今聞きなおすとやっぱり彼の存在なくしてはありえないという感じですね。そのcodaにBonzo's Montreuxというジョン・ボーナムのドラムだけではないですけれども、ジョン・ボーナムのドラムを主体としたナンバーが入っていて、これはもうバンド自身が俺達のバンドはこういうものだよというのを主張しているような作品ですね。Bonzo's Montreux。


 これはドラムソロではないので、どこかの曲のリズムトラックのドラムパートだけをピックアップして作ったんだと思うんですね。だから、きっとこれにはギターもベースも乗っていたんだろうと思うんですけれども、これを楽曲として作ることも可能だったと思うんだけれども、ドラムトラックだけを抜いてこれだけをやろうとして作ったんだと思うんですよね。私は世の中のロックバンドで唯一イントロドラムクイズができるバンドがレッド・ツェッペリンだと思います。最初のドラムのフレーズだけでこの曲は何かとミュージシャンや音楽評論家じゃなくて一般のユーザーがあてることができるバンドだと思います。つまり、ドラムのフレーズがちゃんと曲のアイデンティティーになっているというかなり変わったバンドですよね。

Comment

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
記事検索
スポンサーサイト
スポンサーサイト
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ