音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

山下達郎、ジェームス・ブラウンを語る ミュージシャンがライブでテンポを上げて演奏する理由

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より

吉岡正晴「67年にCold Sweatが出ました。続いて、ファンクのリズムが進化していくという。」

山下達郎「だんだん突進感が出てくるというか。疾走感というか。ただ、僕がこの曲(Get It Together)が好きなだけなんです。この曲も変態な曲で、ワンコードなんですけれども、ブリッジになるといきなりコードが変わって、ワンコードはFなんでけれども、ブリッジになるとAmで行くんですよ。ジミー・ノーラン(Jimmy Nolen)のギターがね。そういう変な曲なんですけれども、これは最初シングルで出したんですれども、ミックスが悪いといって、エンジニアをクビにした出し直すんですよね。セカンドミックスなんですよね。これはスルーでやると長いので、これは面白い所だけつまんでエディトにして6分半のバージョンに作り直してきました。」

吉岡正晴「達郎ミックスで。」

山下達郎「一回フェードアウトをして、またフェードインします。それはシングルパート1とパート2の感じを聞いていただくためにそういう風にしました。」

吉岡正晴「ではGet It Togetherのセカンドミックスの方のパート1パート2をお送りしましょう。」




吉岡正晴「このGet It Togetherがヒットしました。そして次にこの有名なThere Was a Timeになるんですよね。Cold Sweat、Get It Together、There Was a Timeというこの流れをミュージシャン的にはどうご覧になるのですか。例えば、やっぱりリズムが進化してるなぁみたいな。」

山下達郎「どんどんライブがエスカレートしていっているんですよね。今いろいろなライブ音源が出てきているので聞いてみると、全部早いですよね。でもThere Was a Timeは、このLive at the Apolloでのライブのこのバージョンはちゃんとしているんですよ。これは67年のライブで初期のものだから、曲ができた時点の最初の頃のものだからなんでしょうね。その後、どんどん早くなりますよね。ボストンのとか。」

  

吉岡正晴「ミュージシャンはやっぱり最初作った時より、ライブで回数を重ねていくと、どんどんテンポが早くなっていくのでしょうか。」

山下達郎「お客次第でしょ。若いころはやっぱり早かったですけれども、最近、僕が還暦になってからは、普通のテンポに戻りましたね。30代の頃はメチャクチャ早かったですよ。ドラマーが悲鳴を上げていましたからね。それは、本音を言うと、本当の意味での自信を持ち切れないというか、アップテンポにすることによって煽るというか、そういういろいろな要因がありますね。」

吉岡正晴「やっぱりミュージシャンはアップテンポの方が客がのるから安心するんですか。」

山下達郎「安心しますね。というか、そうやって自分を安心させるんですね。」

吉岡正晴「よくあるのが、例えばBPM、1分間のビート数が120のレコードであったと、ミュージシャンはだんだんそれを125とか早くしてお客さんを盛り上げて、中にすごく稀な人が120の曲を110くらいでやったりすると、すごく余裕というか自信があるように思えてしまったりするんですよ。そういうことなんですかね。」

山下達郎「そうですね。でもR&Bの場合はダンスミュージックですから、オーディエンスがきちっとダンスできるかというコレクトビートというか、ちょうどいいビートを出してあげるのが一番いいでしょ。チャック・ブラウン(Chuck Brown)みたいな人は、アップしないでしょ。ジェームス・ブラウンみたいな人は、だんだんダンスミュージックから逸脱していくんですよね。表現する音楽になっていって。僕はミュージシャンなのでそんな感じがします。」

吉岡正晴「達郎さんの曲にもアップテンポな曲がたくさんありますねれども、その時はお客さんを踊らせようという意識はあるのですか。」

山下達郎「僕はないです。」

吉岡正晴「ジェームス・ブラウンはありますよね。」

山下達郎「はい。」

吉岡正晴「そこはじゃあ違う点で。達郎さんのBOMBERがディスコで流行って、みんなあの曲で踊ったと。」

 

山下達郎「あの曲はダンスミュージックではないですけどね。」

吉岡正晴「それは作った方としては全く青天の霹靂で。」

山下達郎「青天の霹靂でした。」

吉岡正晴「なるほど。でもそれがライブでやっていくうちに、みんな踊りだすと。ミュージシャンである達郎さんはそれに慣れてくるのですか。」

山下達郎「30代の時はそうでしたね。やっぱり登り調子じゃないですか。ブレイクしていくという所がありましたので、それはありますね。今は純粋に音楽的な表現というか、あくまで聞かせる音楽として作ったものなので、僕らの場合はね。日本人ですから。だからディスコの箱でやっていたらもう少し考えたかもしれませんけれども。そういうダンスフロアでやる音楽としては作ってないので。若いころ大学に入ったころは、学園祭とかでJumpin' Jack Flashとかやるじゃないですか。」

吉岡正晴「そういう時は踊らせる目的でやることもあったのですね。」

山下達郎「自分がそういう音楽を志向するのだったら、当然そういう形になると思いますけれども。今の世代ならダンスフロアーの音楽とかになるんでしょうけれども、僕の世代はシンガーソングライターの世代だったので。」

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