音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

ブルー・アイド・ソウル(Blue-Eyed Soul)とは何か(1) 東海岸のブルー・アイド・ソウル

20141215 ロック巌流島より

萩原健太「今日はブルー・アイド・ソウル。微妙な名前なんですけれどもね。」

近田春夫「意味としては、黒人音楽をアメリカ人の白人とかがやっているということですよね。」

萩原「そう。黒人の音楽を目指してやっている白人の音楽。」

近田「ただ、そういうものに聞こえなくなっちゃうものもあるんですよね。」

萩原「そうそう。ここがポイントで、ソウルというものは誰のものなのかという話じゃないですか。結局ブルー・アイド・ソウルと言っていること自体、ソウルというのは黒人のものだと言っているようなものですから、この辺が非常に複雑なテーマではあるんですね。白人のアーティストがやっているソウルミュージックは楽しいのが多いです。」

近田「ある意味では、白人がやったバージョンの方がよかったりするよね。」

萩原「ありますね。本当に泥臭い感じのサウンドに慣れていない人にとっては、入り口として聞きやすいと思います。このあと、ブルー・アイド・ソウルの定義について、グチャグチャとやっていこうと思いますけれども、こんな感じの曲を今日はたくさん聞いていきたいと思っているということで、最初の曲はフィラデルフィアのアーティストでLen Barry (レンバリー) の1-2-3。」



萩原「よくロックンロール自体、黒人のブルースと白人のカントリーが合体したものだとザックリと説明されるじゃないですか。本当はもうちょっと複雑なんですけれども、じゃあ白人が歌っているロックンロールはブルー・アイド・ソウルじゃないのかと。」

近田「ここが難しい所だよね。じゃあエルヴィス・プレスリー (Elvis Presley)はもろブルー・アイド・ソウルということになりますよね。」

萩原「しかもエルヴィス・プレスリー にたくさん曲を書いているJerry Leiber and Mike Stollerというソングライターチームがいますけれども、彼らは白人、ユダヤ人ですけれども、彼らがたくさんのR&Bのシンガーたちに曲を提供しているわけじゃないですか。それで、彼らが史上初のブルー・アイド・ソウル・ブラザーと呼ばれているんです。そういった意味ではロックンロールという文化自体がブルー・アイド・ソウルということになるんですけれども、そうするとなんでもありで話が進まないので、ここでは音楽のフォーマット的に限定して、特にロックンロール以降に出て来た音楽の中で、黒人へのあこがれとかそういったものを表明しながら、自分達のソウルを模索した音楽とします。地域別にみていくのも悪くないかなぁと思いまして、アメリカからスタートします。今の曲が東海岸のフィラデルフィア。東海岸だとニューヨークとかその辺になりますよね。ブルー・アイド・ソウルというのは、やっている人たちの顔ぶれをざっと見てみると、イタリア系、ポーランド系、スペイン系と移民の子達が多いです。そういう移民の若者達というのは、1950年代に黒人の若者達と生活環境が共通しているというか、お互いいがみ合ったりもしているんだけれども、生活のレベルとか環境とか地域とかが同じであると。当時1950年代にロックンロールのレコードを買って聞いていたのはミッドタウンのユダヤ系で、ロックンロールをラジオから聞きながらストリートで楽しんでいたのが、こういうスパニッシュとかイタリア系の若者達と言われたりしているんですよ。なので、そういうもののひとつとして、ブルー・アイド・ソウルという呼び名ができるちょっと前に、ホワイト・ドゥーワップ(White Doo-Wop)と言われる、ドゥーワップというのは黒人のボーカルグループによる文化ですけれども、それを移民系の白人たちがやっているのをホワイト・ドゥーワップと言ったんです。そのうちの一つとして有名なのがフォー・シーズンズ(The Four Seasons)。また、ディオン・アンド・ザ・ベルモンツ(Dion and the Belmonts)。ニューヨークのブロンクスにベルモンツストリートというのがあるんですけれども、それにちなんで、悪ガキ達があつまって始めたグループがあるんですけれども、このディオン・アンド・ザ・ベルモンツあたりのホワイト・ドゥーワップのスタイルみたいなものが、徐々に徐々に後のブルー・アイド・ソウルに広がっていったと。まず、その最初の頃のホワイト・ドゥーワップの曲でLove Came to Meという曲があって、この曲を聞いてみてください。」



荻原「僕は今年6月に、ニューヨークまでディオンを見に行ってきたんですよ。すごくよくて、まちがいなくステージングを見ていて、ブルース・スプリングスティーン(Bruce Springsteen)の原型がここにあるってよくわかりました。ディオンは、キング・オブ・ニューヨーク・ストリーツと言われていて、ルー・リード(Lou Reed)もキング・オブ・ニューヨークと言われていて、要するにディオンのあこがれがあって、ニューヨークのストリートの音楽はこれなんだっていう感じで、ルー・リードはディオンを受け継ぎたかったし。」

近田「でも音楽性は関係ないよね。」

萩原「いやいや、結構あります。例えば、ディオンから派生している感覚からいうと、ポール・サイモン(Paul Simon)なんかもそうですね。そこらへんに、ディオンの中にあったものが広がって、ルー・リードになったり、ポール・サイモンになったり、ローラ・ニーロ(Laura Nyro)になったり。」

近田「日本で言うとスリーファンキーズ(3 Funkies)とか。」

萩原「それはカバーしてたってだけですからね。ブルー・アイド・ソウルの源流にホワイト・ドゥーワップがあって、これが1950年代の末から1960年代頭くらいにかけて東海岸を中心に盛り上がって、これを受け継ぐような形で出て来たのが、ザ・ヤング・ラスカルズ (The Young Rascals) 。彼らはロングアイランドから出てきて、要するに黒人の音楽が大好きで、リズム&ブルースのコピーばかりやっていたわけですね。アトランティックという黒人を中心としたレーベルが初めて契約をした白人なんですよ。Good Lovin'とか、Mustang Sallyとかそういう曲をカバーしてやっていたんでけれども、でもGood Lovin'以外は当たらなくて、ちょっとヤバいかなというときにオリジナルでやらせてくれと言って、Lonely Too Longという曲を発表して、これで成功したことが後のラスカルズの活躍につながっていきました。要するに、黒人のコピーばっかりやっていた段階から自分達のソウルを模索した最初の一歩みたいな曲です。ラスカルズで聞いてください。Lonely Too Long。」



萩原「これが東海岸のブルー・アイド・ソウルの典型ですよね。」

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