音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

アメリカン・ミュージックの系譜(3) カントリーミュージックのルーツ

アメリカン・ミュージックの系譜第三回 講師は大和田俊之氏です。

1、カントリーミュージックとは?

 (1)、意義

  カントリーミュージックは、一般的にはヨーロッパ系アメリカ人の民謡といっていいと思います。

 (2)、ビルボードの定義

  ビルボードのチャートはだいたい重要なチャートは三つあって、総合チャートと、黒人音楽のブラックチャートと、カントリーミュージックのチャートになっています。これをマーケティング的に言いますと、総合チャートはアメリカで一番ヒットしている曲のランキングですね。黒人音楽のチャートは、黒人コミュニティーの中でヒットしている曲のランキングです。カントリーミュージックのチャートは、地方の白人コミュニティーで流行している音楽のチャートなんです。地方の白人に受けている音楽のことを、カントリーミュージックチャートとビルボードは定義しているということです。皆さんもご存知だと思いますが、大統領選があるとニューヨークやボストンなどの大都市以外はだいたい赤くなるというか、共和党支持の州がアメリカの真ん中にあって、両海岸だけ青くなります。それが、人口でいうとどっこいどっこいになるという感じですよね。その赤い州で比較的人気が高い、つまり地方の白人に人気が高い音楽がカントリーミュージックです。

2、フランシス・ジェームズ・チャイルド(Francis James Child)

 (1)、フランシス・ジェームズ・チャイルドとは

  ヨーロッパ系ということで、イギリスであるとかスコットランドが中心になるんですけれども、フランシス・ジェームズ・チャイルド(Francis James Child)という人がこのジャンルでは重要です。この人は、ハーバード大学の英文科の先生です。イギリスの詩が専門ですね。アメリカの専門家ではなくて、イギリスの専門家であるということですね。この人は、バラッド(ballad)と言われるイギリスの民衆の間で歌われていた詩について研究をしていました。

 (2)、ヒルビリー音楽

  ①、ヒルビリー(Hillbilly)とは

   イギリスからアメリカに移民してきた人たちは、西に行くんですけれども、その中の一部の人たちが、アパラチア山脈に住み着いてしまいました。彼らをヒルビリー(Hillbilly)と呼びます。この人たちは、19世紀からずっと偏見というか、差別的にみられていました。あまり他のコミュニティーと交流しない、さらに、少数の家族で山脈の中で暮らしているので、何を考えているのか分からないという、偏見のまなざしにさらされながら、数世代にわたって生活をしていました。

  ②、ヒルビリー音楽

   フランシス・ジェームズ・チャイルドが、この山岳民が歌っている民謡を調べた時に、イギリスやスコットランドの本国のバージョンよりも古いバージョンが残っているということを発見しました。つまり、それだけ外とのコミュニケーションが遮断されていて、イギリスからもってきたままの民謡が、あまり変化をしないまま保たれていたということです。この人は、イギリスの詩の専門家ですから、イギリスに行って調べるのではなくて、アパラチア山脈に行って調べれば、イギリスよりも古いバージョンがあるということで、アパラチア山脈に歌を採集しに行って、1857年に『English and Scottish Ballads』という本を編纂しました。これは非常に学術的な本で、歌詞の変化が細かい註でついていたりするんですけれども、この人は文学の専門家なので、メロディーはついていません。歌詞だけです。しかし、メロディーはついていないんですけれども、フランシス・ジェームズ・チャイルドが採集した歌は、後にチャイルドキャノンといって、アメリカ人であれば多くの人がよく知っている、非常に昔から歌い継がれている曲のレパートリーということで定着します。ただし、フランシス・ジェームズ・チャイルドはイギリス文化だと思って研究をしているんですよ。彼は英文学者なので、たまたまイギリスよりも古いバージョンがアメリカにあったから研究をしたけれども、彼自身の感覚としてはイギリス文学を研究しているというものだったのです。しかし、これがだんだんアメリカの音楽として読み替えられていきます。この読み替えの過程が、カントリー音楽というか、ヒルビリー音楽というか、白人系の民謡の曲のレパートリーになっていくということですね。

3、セシル・シャープ(Cecil Sharp)

 (1)、セシル・シャープとは

  もう一人、歴史的に重要なのが、イギリス人のセシル・シャープ(Cecil Sharp)です。著書としては、1917年の『English Folk Songs From The Southern Appalachians』があります。セシル・シャープはフランシス・ジェームズ・チャイルドに触発されて、イギリスからわざわざアメリカに行って、アパラチア山脈にこもって歌を収集しました。

 (2)、反近代主義者、セシル・シャープ

  ところが、フランシス・ジェームズ・チャイルドに触発はされているんですけれども、セシル・シャープが歌を収集していく目的は全然違っていました。彼は、反近代主義の人です。反近代主義というのは、19世紀から20世紀になってさまざまなレベルで機械化が進み、1910年代にはT型フォードという自動車が走るようになって、世の中が急速に機械化が進んでいく中で、本来の人間はそういった機械にまみれるのではなくて、自然とともに暮らしていくものだという考えです。近代化に反対をしているセシル・シャープがアパラチア山脈に何をしに行ったのかというと、アパラチア山脈に残っていたイギリス、スコットランドの歌がイギリス本国よりも古いということが大事で、彼はそこに失われたイギリスの風景を見ているわけです。機械化が進んだイギリスにはもうなくなってしまった、これはもうほとんどフィクションだと言ってもいいと思うんですけれども、失われた風景に対するノスタルジーを彼はアパラチア山脈に求めていたわけです。カントリーミュージックはよく日本の演歌にジャンルとして近いと言われるんですけれども、曲のテーマにノスタルジー、つまり昔を懐かしむテーマが非常にたくさんあるんですけれども、その意味でもこのセシル・シャープの、イギリスからアパラチア山脈に行って、失われたイギリスの風景を取り戻したかった。だから、彼はフランシス・ジェームズ・チャイルドとは違って、彼の本は全く学術的ではなくて、むしろ一般の人に開かれています。メロディーもついているし、ピアノの伴奏譜までつけました。多くの人に見てもらって、多くの人に読んでもらって、家でお母さんがピアノを弾いて歌って、近代化が進むこの状況に対して、人間は自然とともに生きていくべきなんだという価値観を広めたいという確固とした信念のもとでアパラチア山脈に行きました。セシル・シャープの反近代という価値観そのものが、カントリーミュージックを非常に特徴づけるんですよね。

4、地方の白人市場の発見

 (1)、カントリーミュージックが最初に録音

  ではカントリーミュージックが最初に録音されたのはいつなのかということですけれども、1923年のフィドリン・ジョン・カーソン(Fiddlin' John Carson)の「The Little Old Log Cabin In The Lane」という曲が、アメリカのカントリーミュージックの最初のレコーディングだと言われています。ただし、この頃は「ヒルビリー」と呼ばれていました。フィドリン・ジョン・カーソンというくらいですから、フィドル奏者の曲ですね。フィドル奏者で南部で非常に人気がある者が、はじめてレコーディングされたという風になっています。

 (2)、天才プロデューサーラルフ・ピア(Ralph Peer)

  非常に興味深いのは、この曲とブルースの最初の録音といわれているメイミー・スミス(Mamie Smith)の「Crazy Blues」のプロデューサーが一緒なんですね。ラルフ・ピア(Ralph Peer)という人で、ラルフ・ピアはメイミー・スミスの「Crazy Blues」で何を成し遂げたのかというと、黒人市場というものを発見したということです。つまり、他のマジョリティーの市場とは異なる、黒人コミュニティーに特化した音楽市場が存在するんだということを発見しました。同じ人がフィドリン・ジョン・カーソンの「The Little Old Log Cabin In The Lane」を録音して、ここからカントリーが始まっていきます。そして、これも地方の白人コミュニティーに流行する音楽の存在をここで発見します。つまり、ラルフ・ピアはこの時代にしてはとんでもない目利きというか、プロデューサーとしてものすごい才能があった人だと思います。黒人コミュニティーと地方の白人コミュニティーに流行する音楽を発見し、今のビルボードの三つのチャートもこれに基づいています。よって、ほぼラルフ・ピア一人で、カントリーミュージックというジャンルそのものを発見したと言ってもいいのではないかなと思います。

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