音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

アメリカン・ミュージックの系譜(9) アメリカ文化の到達点としてのティン・パン・アレー(Tin Pan Alley)

アメリカン・ミュージックの系譜第五回 講師は大和田俊之氏です。

1、マイクロフォンの登場とのその影響

 (1)、マイクロフォンの登場

  1924年頃に、マイクロフォンが使われるようになります。これは決定的に重要なテクノロジーの進歩と言えると思います。歌唱法と言う意味では、マイクが入る以前は、ベルカント唱法を学んだ、基本的な声楽の訓練を受けた人たちのみがステージに立って歌いました。どちらかと言うと母音が強調されて子音があまり聞こえないというか、とにかく遠くまで声を届けなければならないので、そういった訓練を受けた人しかステージには上がれませんでした。しかし、マイクが出てくることによって、しゃべるように歌うことが可能となりました。クルーナー唱法と言いますが、簡単に言うと子音がよく聞こえるというか、普通に話すように歌うことが可能となりました。

 (2)、マイクロフォンの影響

  クルーナー唱法がアメリカの音楽業界の中で主流になってくるのは、ミュージカルの音楽的な構造にも影響を及ぼします。簡単に言うと、きちんとした訓練を受けていない歌手がどんどんステージに立てるようになるわけです。極端な話をすれば、ルックスがいいとか、チャーミングであるとか、歌はオペラ歌手に比べてそれほどうまくはないけれどもなんとなくステージ映えするとか、このようなことで成り立ってしまうわけです。商業主義ですので、お客さんが入って人気が出ればそれはそれでOKということになるわけです。アメリカは基本的にテクノロジーというものに抗わないというか、どんどん新しいテクノロジーをエンターテイメント業界で採用していって、もともとヨーロッパ起源であったりする文化の形がどんどん変わっていくことを良しとします。そうすると、ヨーロッパのオペラとアメリカのミュージカルですけれども、声楽的な訓練を受けていない人たちがステージに立って歌うようになるなると、一般的な傾向ですけれども、オペラが2オクターブや2オクターブ半くらいの声域を駆使して叙事詩的で壮大でダイナミックな曲を歌うというオペラ歌手に対応した音楽の構造があるとするならば、アメリカのミュージカルはそれほど訓練も受けていない、簡単に言うと声域も狭いシンガーが、細かい旋律の中で抒情詩的というか細かい感情の変化を割と得意とする文化として発展していきます。壮大な叙事詩的な物語が展開するというよりは、男女の恋愛の中で細かい感情の機微みたいなものがアメリカのミュージカルの中心的な特質になっていくわけです。

2、スクリューボール・ミュージカル(Screwball Musical)

 ハリウッドの方でもミュージカル映画というものが1930年代に一つのジャンルとしてどんどん発展していきます。この時代のフレッド・アステア(Fred Astaire)やジンジャー・ロジャース(Ginger Rogers)とか、戦前のミュージカル映画の作品をご存知の方も多いと思いますけれども、ミュージカル映画は役者が演じているんだけれども突然歌い出すわけです。これは不自然ですが、この不自然さを正当化するために、楽曲の中に男女の関係性そのものを歌の中に盛り込んでいくということですね。スクリューボール・コメディ(Screwball comedy)という言い方がありますけれども、これはドタバタ喜劇という風に訳したりしますけれども、ドタバタ喜劇のドタバタの部分はセクシャルな行為の比喩になっているという解釈がありまして、映画なのでそれは見せられないので、男女のドタバタがメタファーになっているわけです。それと同じような解釈で、ミュージカル映画でスクリューボール・ミュージカルという言い方があって、歌の部分は実は男女のセクシャルな関係性のメタファーになっているんだという言い方をする人もいます。ティン・パン・アレーの代表的な作曲家としてアーヴィング・バーリン(Irving Berlin)という人がいますが、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが主演する「トップ・ハット(Top Hat)」という名作がありますけれども、その中からアーヴィング・バーリンの作曲でCheek to Cheekを聞いてください。



3、アメリカ文化の到達点としてのティン・パン・アレー

 ティン・パン・アレーの音楽を聴いて私が常々考えることは、ヨーロッパの歴史の中で育まれた文化なり芸術というものは、重厚さであったり深淵であったりそういった歴史の重みに裏付けられた属性があると思いますが、ティン・パン・アレーの音楽は圧倒的な軽さとそれに伴うエレガンスといっていいと思いますが、大量生産大量消費を前提とした商業主義のシステムの中で作られたのですが、これほどのエレガンスと洗練を作り出したのが、アメリカ文化の一つの到達点だろうなと思います。最後にこの時代のティン・パン・アレーを代表する曲で、2004年にアメリカン・フィルム・インスティチュート(American Film Institute)が、ハリウッド映画の中の主題歌でいい曲を100曲くらいランクングをしましたが、ハリウッド映画史上もっともいい曲だなとということで1位を獲得した、1939年の「オズの魔法使い」のテーマ曲となった、ジュディ・ガーランド(Judy Garland)のOver the Rainbowを聞いていただきたいと思います。





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