アメリカン・ミュージックの系譜第十一回 講師は大和田俊之氏です。
1、意義
・年配の音楽ファンの中には、非常に熱心な黒人音楽のファンなのに、ヒップホップについてはよくわからないという方が割と多いのではないかと経験的に思っています。ヒップホップの一般的なイメージは、ギャングで、怖そうという先入観があるかと思うんですけれども、今回はヒップホップという音楽ジャンルが持っている非常にクリエイティブな側面についてお話したいと思います。
2、ヒップホップ成立の前提条件、シンセサイザーの普及
(1)、意義
・ヒップホップという音楽ジャンルが成立するためにはいくつか条件が揃う必要があるんですけれども、その一つはシンセサイザーが音楽業界に導入されたということです。ジェームス・ブラウン(James Brown)は生楽器で演奏をしているわけですけれども、ヒップホップは電子的は楽器の反復的なビートというものがまず必要であります。
(2)、影響を及ぼしたバンド
・ドイツのクラフトワーク(Kraftwerk)というバンドであったり、イタリア人のジョルジオ・モロダー(Giorgio Moroder)というプロデューサーであったり、そういった人たちがいろいろな実験をしていました。ここに日本のグループYMOも入ってきます。世界のポピュラー音楽史がもし書かれるとしたら、日本のミュージシャンで入ってくるのはもしかしたらYMOだけかもしれないというくらい、このグループは世界的な影響力を持ったグループです。YMOもシンセサイザーをいろいろ駆使したテクノポップのバンドで、アメリカでも非常にヒットをしました。そのアメリカでもヒットした曲を聞いていただきます。Computer Game Theme From The Circus。
この曲がビルボードチャートで60位くらいまで上がりました。他にもYMOは有名な曲があるんですけれども、アルファレコード(Alfa Records)を通してアメリカでもヒットしました。後に、ヒップホップの黎明期のプロデューサーは、私はクラフトワークやYMOを聞いてヒップホップを始めたんだというインタビューがあって、非常に世界的に影響を及ぼしたバンドです。つまり、シンセサイザーがポピュラー音楽の世界にどんどん入ってくるということが、ヒップホップ成立の前提条件としてあります。
3、ヒップホップの成立
(1)、意義
・具体的にヒップホップという音楽ジャンルはどういう風にして始まったのかというと、これは割かしはっきりとわかっています。ヒップホップは、1970年代のニューヨークのブロンクスで発祥しました。
(2)、ヒップホップのトラック
①、DJクール・ハーク
・1970年代のニューヨークというのは、工場がどんどん街から出ていってしまって、失業者があふれて、ほとんどスラム化した状態でした。多くの放火が日常的に起きていて、かなり大変な状況でした。そうした中でもアフリカ系の若者達は日常を営んでいるんですね。そうした中で、ブロックパーティ(Block Party)と言って、公園の中や公民館を借り切って、ダンスパーティーが開かれていました。このダンスパーティーでは、ジェームス・ブラウンの曲がよくかかっていましたが、その中でクール・ハーク(Kool Herc)という有名なDJがいました、
②、レコードの二枚使いの発明
・クール・ハークは、曲の途中でドラムだけになる部分がありますが、この曲の間にあるリズムブレイクと呼ばれる所で、実は非常に盛り上がるということに気が付きました。このリズムブレイクがどういうものなのか、当時よくかかっていたと言われているジェームス・ブラウンのFunky Drummerという曲を、5分20秒くらいの所からリズムブレイクが始まるので、聞いてください。
この曲の途中でドラムだけになってしまい、そこでダンスフロアが非常に盛り上がるということですね。DJクール・ハークは、このドラムブレイクの部分がもっと長ければいいのにと思ったんですが、レコードをかけているので20秒後にはまた楽器が入ってきてしまうわけです。そこで、DJクール・ハークは同じレコードを二枚用意して、一方のレコードでリズムブレイクの部分を演奏している間に、もう一枚のレコードのリズムブレイクの最初の所に針を用意して、一枚目のレコードがリズムブレイクの最後の所にいった瞬間にもう一つのレコードから音が出るように操作して、二枚目のレコードのリズムブレイクを流し始めるわけです。これをずっと交互にやると、リズムブレイクの長さを自在に操作することができるわけです。これがレコードの二枚使いといって、ヒップホップという音楽ジャンルが成立するために非常に重要なことでした。
③、受容者によって改変される作品の在り方
・ベートーベンの第九の最初の部分がカッコいいからこの部分を何回も繰り返すとか、村上春樹の小説のこの部分がとっても気持ちがいいので書き加えていいのかと言われれば、ダメですよね。ジェームス・ブラウンはこの5分22秒から40秒までのリズムブレイクはこの長さでいいと思って作っているわけです。ところが、リスナーの要請によってその長さを調整していくところに、文化の表現の在り方が決定的に変わっているわけです。音楽でも文学でも絵画でもなんでもいいんですけれども、作者が作り出したものが作品としてあって、それは一字一句変えてはならなくて、読者やリスナーや鑑賞者がそれをありがたがって享受するというモデルがロマン主義やモダニズムの芸術作品の享受の仕方であるとすると、ここでフロアのニーズによって作品を改変するというアプローチが出てくるわけですね。作者がいて作品があって受容者がいたとすると、受容者も作品にアプローチして作品の形を変えてしまう、なぜならこの方が受容者にとって都合がいいからというモデルですね。日本でいうとマンガとかアニメの周辺に二次創作という文化があります。そのマンガのキャラクターを用いて別の話を作ってしまうという創作活動があります。ヒップホップはこれに割と近い形です。ある作品を別の作品を作るための素材としてしまうということが、ヒップホップでは普通になっていきます。
④、反モダニズムとしてのヒップホップ
・このようにリズムブレイクをどんどんと伸ばして、他の部分を全部切ってしまうわけです。そして、この上にラップをのっけていくわけです。これが基本的なラップの形です。DJクール・ハークは「曲のカッコいい所に来るまでに余計な所が多すぎる」とインタビューで答えていますが、余計な所というのは普通に歌の部分であったりするわけですね。彼にとっては一番盛り上がるカッコいい所というのはリズムブレイクの所で、この部分が一番カッコいいんだからそこを繰り返せばいいじゃないか、ほかの部分はいらないじゃないかというインタビューです。確かに、AメロBメロがあってサビがくるからサビの部分がカッコよく聞こえるのではないのかという考え方もありますがこれはモダニズムの考え方で、ヒップホップはカッコいい部分をその文脈から引き離して別の文脈にして反復させるという徹底した反モダニズムの音楽実践であると言えます。これは1970年代に生まれた音楽として、非常に新しい音楽だといえると思います。
(3)、ヒップホップのリリック
・繰り返されるビートの上にラップをのっけていくわけですが、ラップは韻を踏んで、これはジャズに非常に近いんですけれども、共通のテーマとして例えば白人社会をぶっ潰せというのが黒人の若者の間で共通のテーマだとすると、じゃあこのテーマでどういう風に気の利いた韻を踏みながら反復するビートの上でラップしていくのかということです。長谷川町蔵さんという音楽ライターの方と『文化系のためのヒップホップ入門』という本を出したんですけれども、この時に町蔵さんは、日本でいうと俳句とか短歌とかの句会みたいなものに近いとおっしゃっていました。要するに、一句このお題で読んでくださいという事で、白人社会をぶっ潰せというテーマはテーマで大切なんですけれども、むしろどういう風に韻を踏んで気が利いたビートののっけ方をするのかということで、おそらく多くの人はそれを聞いています。これはジャズの即興演奏と同じように、今の韻の踏み方カッコいいねとか、今の単語の選び方はすごくカッコいいねとかそういった所を見ているものなのだなと思っていただくとよいと思います。世界中どこにでもあると思いますけれども、言葉遊びの一つだと思ってください。
(4)、最初に録音されたヒップホップ
・ヒップホップが最初に録音されたのは、実はヒップホップを一番熱心にやっていた人たちではないというのが切ない所ではあるんですけれども、一番最初のヒップホップのレコードと言われて、かつ一番ヒットしたものとして、シュガーヒル・ギャング(The Sugarhill Gang)でRapper's Delight。
聞いていただくと分かると思いますが、音楽の部分はずっと同じものが繰り返されていて、その上でマイクリレーと言いますけれども、いろいろなラッパーがマイクをもってラップをしていくというもので、構造としてはモダンジャズに近いものです。