音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

グリーン・デイ(Green Day)の7th「アメリカン・イディオット(American Idiot)」の世界観(7) 再び、女を思い出す

world rock now 20041008

 ジーザス・オブ・サバービア(Jesus of Suburbia)はセイント・ジミー(St.Jimmy)という別人格を得、現実と戦い、狂気のパンクロッカーとして君臨し、でも結局自分の中のセイント・ジミーを殺し、家に帰ってくるわけです。ロックのこういうテーマというのは、青春的な自我の形成と現実の戦いというのは、ずっと長い間何回も歌われ続けて、それはもう普遍的なロックのテーマなわけですね。同じことが歌われてるんですけれども、やっぱり21世紀の今はそれだけでは語りきれない。結局それだけでは勝ち得なかった現実というのがあって、それをビリー・ジョーは見てきたわけですね。そして、自分でも体験したわけですね。その中で、もう一度家に帰ってそこで終わるのかといったら、違うんだと。家に帰るところからもういっぺん戦闘がはじまるんだと。このアメリカン・イディオットというアルバムが持っているテーマは非常に今日的だし、すばらしいとおもうんですよね。その家に帰ることを決意したことによって、グリーン・デイの最高傑作アメリカン・イディオットが作られたというのは、ロックがよりタフになり別のステージに立ったんだなぁというそういう感慨を抱かせるすばらしいアルバムだと思います。そして何がすばらしいかというと、そうはいいながらももういっぺん、あの主人公の元から去っていった女の子をもういっぺん歌われるわけです。
 
 道で君を見かけて走ったでもそれは夢だった
 オレはある日写真を全部焼いたんだ
 彼女は飛び出し、俺は違う道を進んだ
 顔は覚えているのに 名前が思い出せない
 なのに今頃になって、あの名もなき女はどうしてるかなって思うんだ
 まるで跡形もなく消えてしまったけど
 どっかの男と結婚でもしたんだろうか
 オレはある日 写真を全部焼いたんだ
 彼女は飛び出し、俺は違う道を進んだ
 顔は覚えているのに 名前が思い出せない
 なのに今頃になって、あの名もなき女はどうしてるかなって思うんだ
 心に、頭に 彼女のことが忘れられない
 正直にいうよ 後悔先にたたずって
 前からずっと 暗闇の夜
 思い出をうまく消化できたなら
 オレは昔を振り返ったりしない
 君を忘れていくんだ でもあの時は忘れない

グリーン・デイ(Green Day)の7th「アメリカン・イディオット(American Idiot)」の世界観(6) Homecoming

world rock now 20041008

 父親の死という非常に重いモチーフを使って、青春の終わり、イノセントの終わりというのが歌われているわけであります。主人公ジーザス・オブ・サバービア(Jesus of Suburbia)はセイント・ジミー(St.Jimmy)という別人格を得、そして名もない女という恋人を得、そして現実と戦い、それなりの成果を得ながら、でも戦ってる自分に違和感を覚え、父親の死や夏が終わってしまうという感慨を持ち、そしてひとつの結論に至るわけであります。それがある意味このアルバムのエンディングナンバーHomecomingというナンバーで、まず一曲目にThe Death of St. Jimmy、つまりセイント・ジミーの死というのが歌われます。

 心臓がドクドクと音を立て 
 俺はひとりでここに立つ
 家に帰れることになったら電話をくれ
 また1年無駄に足早に過ぎて行く 
 無駄な夜その繰り返し
 君は生き方を教えてくれた 
 あの侮辱の町で君が雨に夢を失った場所で
 希望の兆しなんてどこにもない 
 麻薬の茎と種しかない
 だけどそこに眩しい光が
 セイント・ジミーが夜閃光の輝く
 才能と信頼をもたらすごとく
 欲望の街を繋ぎとめる
 お前の名前は何て言うんだ
 何が楽しくて何が苦しい
 夢ばかり見てないか
 支えが必要なんじやないか
 この苦痛の洪水の中で
 セイント・ジミーが恥ずかしげもなくやって来る
 俺達もう終りだと言う
 だが俺達はもう昔とは違う
 責めるべきはおふくろとオヤジ
 だからその日ジミーは死んだ
 湾岸に脳みそをぶっ放したんだ
 俺の中ではそれは密かな自殺行為

 つまり、ジーザス・オブ・サバービアである主人公は、別人格セイント・ジミーを得て、現実と戦い、でもその戦い方に限界があることを知り、自分の中のセイント・ジミーを殺すわけですね。そして彼はWe are comeing home again、つまりもう一度家に帰ろうとするわけですね。

 コントロールは再び失われ コンビニから崩壌の恐怖へ
 俺は爆弾を入れた手紙でこの愛を送る
 だから地獄の俺に面会に来てくれ
 でも我が家に帰るのは俺達なんだ
 我が家に帰る 
 我が家に帰る
 俺は走り出す 
 地面に足が触れたとたんにこの荒んだ街に帰ってきた
 俺とお前にとっては華やかな我が家
 我が家に帰る
 誰も君なんか好きじゃない
 だから君を置き去りに 君だけが仲間はずれに

 つまり彼は家に帰ることを決意するという、そしてセイント・ジミーを殺す、そういう最後のストーリーが歌われます。


グリーン・デイ(Green Day)の7th「アメリカン・イディオット(American Idiot)」の世界観(5) Wake Me Up When September Ends

world rock now 20041008

 ジーザス・オブ・サバービア(Jesus of Suburbia)という主人公はセイント・ジミー(St.Jimmy)を得て現実と戦い、グリーンデイとなり、そして大成功を収め、でもどこかに違和感を感じ、セイント・ジミーというキャラクターにも違和感を感じ、そしてセイント・ジミーの分身ともいえる女の子は去っていってしまうわけですね。そこでビリー・ジョーはひとつの転換期を向かえ、Wake Me Up When September Endsという非常にすばらしいバラードが途中で歌われます。内省期にはいるわけです。

 夏は来てそして過ぎ去る イノセントが永遠ではないように
 9月が終ったら俺を起こして
 俺のオヤジに去る日が来たように あれから7年あっと言う問にすぎた
 9月が終ったら俺を起こして
 ほらまた雨が降ってきた 星からこぼれ落ちてきた
 俺の痛みはびしょぬれで そしてようやく自分になれる
 思い出が眠る間
 そこで何を失ったのか 忘れることは絶対にないから
 9月が終ったら俺を起こして 夏は来てそして過ぎ去る
 イノセントが永遠ではないように
 9月が終ったら俺を起こして あのベルをもう1度鳴らして
 春が訪れた時のように


 つまり自分自身のイノセントが永遠ではないように、セイント・ジミーが永遠ではないように、夏が終わってしまうんだという感慨深い思いがここでは歌われております。

グリーン・デイ(Green Day)の7th「アメリカン・イディオット(American Idiot)」の世界観(4) Letter Bomb

world rock now 20041008 

 ここでジーザス・オブ・サバービア(Jesus of Suburbia)がセイント・ジミー(St.Jimmy)という別のキャラクターを得て戦っている現実と、その現実の重さ、そして主人公の女の子に対する違和感みたいなものがテーマとなっております。一番最初に

 誰も君なんか好きじやない だから君を置き去りに
 君だけ仲間外れでお楽しみ

という女性コーラスが歌われるんですけれども、これがまさにジーザス・オブ・サバービアの出発点。集団の中での孤独なビリー・ジョーの原点なんですけれどね。これが基本的なテーマとしてこのアルバム全体を流れているんですけれども、そのコーラスの後にLetter Bombという曲がはじまります。

 糞野郎達はどこへ行った 下っ腹を高々と突き出した
 糞バカは不時着テストに落第し 今では失業者の金勘定ついて来るのは落ちこぼれだけ
 あの騒ぎはどこへ消えた 街のモットーは木っ端微塵
 愛あるところに借金あり 君の出生証明書
 だから戦闘開始する 導火線に火を点けて
 街の司教はどうせ詐欺師 君のことなど知りもしない

 やらなきや死ぬっていうこの瀬戸際に ただそこに突っ立ってるだけ
 だから自分のファツキンク人生のためには走るしかない

 埋められるまでは死んじやいない 手遅れになるまで終っちやいない
 街が燃えているのに 「それは私の責任ではありません」だと

 手遅れになるまで終っちゃいない これ以上考えても無駄なだけ
 殉教者達はどこへ行けばいいのか ウイルスが治癒しだしたら

 手遅れになったらどうすればいいのか 君はこの町のジーザスなんかじやない
 セイント・ジミーは オヤジの怒りと母親の愛から生まれた作り事

 おかげで俺はアホなアメリカ人 埋められるまでは死んじゃいない
 手遅れになるまで終っちゃいない 街が燃えているのに
 「それは私の責任ではありません」だと 手遅れになるまで終っちやいない
 女は言った「こんな所にはいられない」って  「だからここから出て行く」って
 女は言った「こんな町にはいられない。だからあなたを置いて今夜出て行く」って


 ここではもはやセイント・ジミーというキャラクターへの違和感。でも戦わなきゃいけないという義務感。そして、そう戦っていながらも女は出て行ってしまうという疎外感。まさにグリーンデイが成功し、戦い続け、でもなんか取り残されてゆくというそういうビリー・ジョーの正直な心情が歌われているんじゃないかなぁと僕は思います。

グリーン・デイ(Green Day)の7th「アメリカン・イディオット(American Idiot)」の世界観(3) セイント・ジミー(St.Jimmy)の恋人エクストラオーディナリー・ガール(Extraordinary Girl)

world rock now 20041008  

 セイント・ジミー(St.Jimmy)という非常に攻撃的な人格を手に入れたことで、ジーザス・オブ・サバービア(Jesus of Suburbia)は強力に強くなるわけですね。つまり、グリーンデイのビリー・ジョーとなったビリー・ジョーは社会とおもいっきり向き合って、ガンガン戦うことができるようになっていくわけです。そこにもう一人の登場人物が登場します。エクストラオーディナリー・ガール(Extraordinary Girl)という女の子で、セイント・ジミーの恋人で、同じようなキャラクターを持った非常に魅力的な女の子が登場します。

 あいつはとんでもない女 ありきたりの世の中では
 でもそこから逃げ出すこともできず そして男には勇気が足りなくて

 置き去りにされた子供みたいに 雨に置き去りにされた子犬みたいに
 そして女はまたひとり 目の涙を拭いている

 男は死んでいくように思え 女は泣くのはこりごりで
 だから鏡をのぞきこみ 人が喜びそうな姿を作ってみる

 男はキスでそれを奪う 女の心の黙示録から
 「名もなき女」って呼ばれているやつから

 そして女はまたひとり 目から涙を拭っている
 男は死んでいくよう思え その意味を見失い
 ふたりは途方に暮れた 女は泣くのはこりごりで

 ジーザス・オブ・サバービアと同じ精神性を持ち、孤独で、でもどこか反抗的で魅力的な女の子が、そこまでかかれてないですけれども、ジーザス・オブ・サバービアの恋人として登場します。


 ここで登場人物の3人が、本当は2人ですけれども、紹介されます。そして彼らは現実に向かって突進してゆくわけであります。

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