今回は、「今日は一日へードロック/ヘビーメタル三昧Ⅴ」からスコーピオンズをまとめます。解説は伊藤政則氏です。
1、日本への紹介
・渋谷陽一がスコーピオンズの「復讐の蠍団 イン・トランス - In Trance」をラジオでかけたのが日本で最初の紹介である。楽曲をかけた後のハガキの反応がすごく、その後口コミでどんどん日本でのスコーピオンズ人気が広がっていった。最初、プロモーターがスコーピオンズに来日公演を持ちかけたときは、ドイツのローカルバンドに過ぎなかったスコーピオンズの本人達がビックリした。
2、荒城の月のカバー
・スコーピオンズのBorn To Touch Your Feelingsのエンディングには、女性の声で日本語、英語、ドイツ語で台詞がはいっている。当時のスコーピオンズはドイツのローカルバンドでありイギリスやアメリカでの成功を手にしていない時期であったが、日本で人気があると聞いたので楽曲に日本語を入れたと思われる。
そして、初来日が1978年に決まった時に、スコーピオンズ側から日本の楽曲を歌いたいと日本側のファンクラブに手紙がきた。当時のファンクラブの人がスコーピオンズの音楽のコード進行とかをすべて調べて行き着いたのが荒城の月であった。譜面とカセットテープを送り、スコーピオンズがそれをドイツで練習してきて初来日時に演奏され、それが初来日公演のライブアルバムである「蠍団爆発!!スコーピオンズ・ライヴ - Tokyo Tapes」にも収録された。そして、スコーピオンズはこのTokyo Tapesがヒットしたおかげで世界中に知られるようになる。たとえば、ヴァン・ヘイレン(Van Halen)はこのアルバムを聞いてCatch Your Trainをカバーしていた。また、スコーピオンズはその後も、荒城の月を日本以外の公演でも演奏している。
cf.「花の宴」の「え」はシャープしている
・滝廉太郎が最初作った時、「花の宴」の「え」がシャープしていました。しかし、日本人は半音の音をとるのが難しいので、誰も歌ってくれません。そこで、「え」が半音ではなくみんなが歌いやすいように変えてしまって、原作者もやむを得ず歌いやすい方にした、という秘話があります。
参考)、日本ポップス伝(3) 唱歌をもとにして流行歌が生まれていった
ローリー寺西氏がこの動画の10分あたりで指摘されていますが、スコーピオンズは原曲の半音バージョンで弾いています。スコーピオンズに渡されたテープはどういうバージョンだったのでしょうか。
3、Big City Nights誕生秘話
・スコーピオンズが二度目の日本公演の時に赤坂あたりのディスコで夜遊びをして帰ってきた時に、ホテルの窓を開けてみたら東京の街のネオンがドイツでは見たことのないキレイな景観であったので作った曲である。