音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

世界で最もサンプリングされたミュージシャン、ジェームス・ブラウン

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より解説は吉岡正晴氏です。

1、世界で最もサンプリングされたミュージシャン、ジェームス・ブラウン

 ジェームス・ブラウンでFunky Drummer。

 

 Funky Drummerという曲は、ジェームス・ブラウンのヒット曲で、1970年にシングルが出て、ソウルチャートで20位にしかなっていないのですが、当時はあまりヒットしなかったのですが、その後ヒップホップのアーティスト達がこの曲のいろいろなパートをサンプリングするようになって、ものすごく知名度が上がった曲なんですね。発表された当時よりもサンプリングされた90年代の方がこの曲はヒットした感じなんですね。このFunky Drummerのいろいろな所が使われているんですけれども、サンプリングする方もパートパートによって、この部分を使ったりとか、あっちを使ったりとかいろいろあるのですが、ジェームス・ブラウンのレコードというのは最も世界でサンプリングされているアーティストなんですね。その中でもこのFunky Drummerは、ジェームス・ブラウンの作品の中でも最もサンプリングされている作品なんです。このジェームス・ブラウンのFunky Drummerをサンプリング曲にどのようなものがあるのかについてちょこっとだけ聞いていただいて、こうやってサンプリングされているんだということをご紹介したいと思います。まず、ファイン・ヤング・カニバルズ(Fine Young Cannibals)で I'm Not The Man I Used To Be。

 

 これはお分かりだと思いますが、ドラムのチキチキというのとギターがFunky Drummerから使っているんですね。ジェームス・ブラウンのFunky Drummerを元に作った曲というのは、ヒップホップ系のラップのアーティストが圧倒的に多いのですが、こういう普通のR&Bの歌ものでも使われるというところが、ジェームス・ブラウンのリズムの普遍性というか、そういう所があるのではないのかと思います。次の例をご紹介しましょう。Run DMCのBeats To The Rhyme。

 

 これもFunky Drummerのドラムの一部をとって、そころループでまわすようにしてやっているんですね。だから、これもFunky Drummerから生まれた一曲と。そしてもう一曲、R&BグループのTLCのShock Dat Monkey。

 

 これもドラムの所がまさにFunky Drummerなんですが、時々テンポをはやめたりとか、遅くしたりして使っているんですけれども、この元ネタはジェームス・ブラウンのFunky Drummerというわけなんですね。だから、Funky Drummerの例を挙げると600曲くらい、もっとかな、どんどん増えているので、いろいろな曲にサンプリングされているのですが、今度はサンプリングされた曲をご紹介いたしますので、元曲は何かということを想像してください。Eric B. & RakimでEric B.Is President。

 

 こういう感じで、このリズムパターンですね。これがジェームス・ブラウンのあの曲をサンプリングしているんです。かわって、 LL Cool Jで6 Minutes Of Pleasure。

 

 これも先ほどのEric B. & Rakimと同じようにジェームス・ブラウンの曲がサンプリングされています。もう一曲例を挙げましょう。DJ Jazzy Jeff & The Fresh PrinceでWho Stole Your Car?。

 

 ヒップホップ系のアーティスト達がこぞってサンプリングをしているこれらの曲の元ネタをお分かりになったでしょうか。正解はこの曲です。

 

 ジェームス・ブラウンの大ヒット曲であるFunky President。このリズムがヒップホップの世界で大人気で、いろいろな人達がこれをサンプリングしております。ジェームス・ブラウンはヒット曲は80年代の半ばくらいで止まってしまうのですけれども、彼が作り出したリズムというのはすごく革新的で、すごく踊るにも適していたことから、60年代から70年代のジェームス・ブラウンの作品の中からのリズムが80年代90年代にヒップホップのアーティスト達によってたくさんサンプリングされました。そして、ヒップホップのアーティスト達がジェームス・ブラウンの曲のサンプリングをすることによって、ジェームス・ブラウンのリズムを作るアーティストとしての価値が90年代以降にものすごく上がったんですね。そういう意味でジェームス・ブラウンの再評価という動きが改めて出てきたんです。ジェームス・ブラウンをリアルタイムで体験した人たちと、それと同時にジェームス・ブラウンの世代からは全然若い、それこそ子どものような世代の人たちと架け橋にもなったということにもなるんですね。サンプリングという手法はそもそも80年代にはなかったんですけれども、そういう機材の発展によってそれができるようになって、それがまた新しい音楽の動きを作るようになったんです。

2、ヒップホップ黎明期のサンプリング事情

オダイジュンコ「ヒップホップ黎明期の頃は、版権の使用料の問題とかで相当グレーゾーンで、そういう部分が大変でどうなるのかなぁと思っていたら、普通になりましたね。」

吉岡正晴「そうですね。いまはサンプリングの許諾を得る専門の会社があって、この曲をサンプリングしたいというと、そこの専門の会社がその曲の権利を持っている会社と交渉をしてくれて、その人たちが事務レベルの話をするんですけれどもね。最初の頃で言うと、シック(Chic)のGood TimesのベースリフをRapper's Delightでシュガーヒル・ギャング(The Sugarhill Gang)がサンプリングした時は、なんの断りもなくやっていて、それをナイル・ロジャース(Nile Rodgers)達が訴えて、それで名前のクレジットをいれることになったという。

  


 だけれども、今はそういうプロたちがいるので、権利関係もうまく処理されるようになっています。プリンスももともとはジェームス・ブラウンの大ファンで、ジェームス・ブラウンの曲をサンプリングした作品があるのですが、その中から1991年にリリースされたGett OffのリミックスEPにFunky Drummerをサンプリングした曲があります。Prince And The New Power GenerationでGangster Glam。」

 

山下達郎、ジェームス・ブラウンを語る 山下達郎が選ぶジェームス・ブラウンの最高傑作とは

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より

吉岡正晴「ジェームス・ブラウンのバラードで一曲。」

山下達郎「バラードの最高傑作は71年のI Criedだと思いますね。デビッド・マシューズ(David Matthews)がいたので、このすばらしいオケが作れたのでしょうね。歌い出しの所のフレージングが全然他と違うんですよね。」

吉岡正晴「つまり普通のシンガーとは比べものにならないと。」

山下達郎「比べものにならないですね。これはオケもすばらしいので、それにまた彼が感応して、普段以上のものが出てきていると思います。」

吉岡正晴「ではその曲をご紹介したいと思います。ジェームス・ブラウンの71年の作品でI Cried。」



吉岡正晴「達郎さんはジェームス・ブラウンではこのI Criedが最高峰であると。」

山下達郎「一番オケに無駄がないというか、これはデビット・マシューズが後からやり直してピアノを入れているとかそういう感じもありますよね。あまりに歌とオケの整合性がものすごくとれているんです。ずば抜けてとれていますね。」

吉岡正晴「例えば、自分がストリングスアレンジとか、いろいろな方にアレンジを頼んで、自分の作品にストリングスを入れたり、そういう時って例えばデビット・マシューズのアレンジとか、その辺の作品群が頭に浮かんだりしますか。」

山下達郎「しますけれども、それが実現できるかどうかはまた別問題ですよ。」

吉岡正晴「でもこれが山下達郎さんが選ぶスローバラードの最高峰、それが今のI Cried。そして、アップテンポで最高峰の曲はこれだという曲をかけるんですが、解説をいただけますか。」

山下達郎「71年のI'm A Greedy Man。これもやっぱりオケがよくできているんですよね。ブラスの8小節のリフが二つパターンあるんですけれども、それが延々繰り返されるんですけれども、ジェームス・ブラウンは気ままにワンコードでやっているんですよ、で、どこをどうやってもそれがうまく合うんですよ。そういうブラスのループはなかなか珍しい。これも多分デビッド・マシューズが関わっていると僕は信じているんですけれども、プロデュースとアレンジはジェームス・ブラウンになっていますけれども。デビュー時からずっと聞いていますけれども、これが一番完成度が高いかなって。これもABでパート1と2なんですけれども、ストレート盤というか、ノンストップ盤を今日持ってきました。」

吉岡正晴「ではご紹介しましょう。ジェームス・ブラウンでI'm A Greedy Man。」

 

山下達郎、ジェームス・ブラウンを語る ジェームス・ブラウンは世界一歌がうまいシンガーである説

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より

吉岡正晴「達郎さんはジャームス・ブラウンが世界一歌がうまいシンガーと公言して憚らない。」

山下達郎「僕はそう思いますよ。」

吉岡正晴「それはいつ頃からそう思われるようになったのですか?」

山下達郎「最初に聞いた時からですよ。いろいろなものを聞いて、歌の上手い人を聞きましたけれども、やっぱりジェームス・ブラウンにかなう人は誰もいないと思いますよ。ある人がマイケル・ジャクソンにかなう人はいないと言ったり、プリンスにかなう人はいないというのと同じような意味で、僕が生きてきた世代ではジェームス・ブラウンが世界一というか宇宙一ですよ。」

吉岡正晴「それは歌の上手さという意味で?」

山下達郎「独自性というか、単なるシンガーではないじゃないですか。コンセプトとかかなり無理な。今の曲を聞いてもどこにもないんですよ。今日的には政治的な問題もあるんですけれども、政治意識については時間がないので言及できないんですけれども。自分の人生の中でジャームス・ブラウンの音楽が与えてくれた力というか、そういうものです。」

吉岡正晴「それはバラードに限らずアップテンポに限らず、ジェームス・ブラウンは何を聞いてもナンバーワンで。」

山下達郎「ジェームス・ブラウンは何を聞いてもジェームス・ブラウン。ティナ・ターナーは何を聞いてもティナ・ターナーだと同じようなもので。ジェームス・ブラウンが歌っていればそれでいいんですよ。20代はシングルで買ったボロボロのヤツをカセットに入れて60分、三本。それを朝から晩まで聞いていた時代があって、今でもツアー行ったらジェームス・ブラウンを聞いて寝ていますからね。ジェームス・ブラウンか志ん生の落語か。」

吉岡正晴「ジェームス・ブラウンになりたいとも思わないし、ジェームス・ブラウンのようには歌えない。とても高くて到達できないという理解でよろしいのですか。」

山下達郎「そうです。ジェームス・ブラウン的なものを自分でもやれるとしたらどのようなものがあるのかと、それは全然別な問題。ジェームス・ブラウンになろうとも思わなかったし。」

吉岡正晴「例えばジェームス・ブラウンを一番上に置くと、若干下に歌がうまいとかリズム感がいいとかが五人とか十人はいますか。」

山下達郎「もちろん。アイドルはたくさんいますからね。僕はニューヨークのザ・ヤング・ラスカルズが大変好きで、フェリックス・キャヴァリエ(Felix Cavaliere)は本当によく歌いますし、ブライアン・ウィルソンのファルセットは素晴らしいと思いますし、それはたくさんいますけれども、ジェームス・ブラウンはそういうものとはちょと違うんで。」

吉岡正晴「別格で。」

山下達郎「別格ですね。超越してます。」

吉岡正晴「達郎さんはジェームス・ブラウンにあったことがありますか。」

山下達郎「ありません。ライブは何度もありますけれども。」

オダイジュンコ「あいたくないかもしれませんよね。」

山下達郎「あいたくありません。ブライアン・ウィルソンにもあいたくないですけれども。好きなものにはあわない方がよいと。」

山下達郎、ジェームス・ブラウンを語る ジェームス・ブラウンの影響をうけたグループサウンズ

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より

山下達郎「60年代はこういう音楽を一番影響を受けたのはミュージシャンなので、特にグループサウンズと言われる、当時はディスコティックは生でしたから、生ディスコティックで人気があったグループがグループサウンズとしてデビューしていくんですけれども、その中でもR&Bが好きな人たちがたくさんいて、そういう人たちがカバーをするんですよね。そのカバーした音がいまでも残っているので、その時代にジェームス・ブラウンがどういうとらえられ方をしているのかがとっても面白く出ているので、すごくイケてる部分とそうではない部分とが、演奏はうまいけど歌がアレだとか、いろいろなことがあるんですけれども、今日持ってきたのは二曲で、ズー・ニー・ヴーという成城の学生バンドから出た人たちで、演奏はすごくうまいんです。リードボーカルの町田義人さんはとっても歌の上手い人で、この人がI Got The Feelinを歌っているんですよ。68年ですから、完全リアルタイムで。あとは、ザ・ゴールデン・カップスという横須賀の大変有名なバンドがあるのですが、この人たちはI Feel Goodを歌っております。これも68年のデビューアルバムで。ザ・ビーバーズの成田賢さんがI Got The Feelinをやっていたんですけれども、それはレコードになっていないんですよね。とってもよかったのですが。」

吉岡正晴「ズー・ニー・ヴーのI Got The Feelinとザ・ゴールデン・カップスのI Feel Goodをご紹介しましょう。」



山下達郎「GSは基本的にライブバンドですからね。演奏力はあるんですよ。」

吉岡正晴「当時はジャズ喫茶みたいなところで彼らがやっていたのですか。」

山下達郎「はい。」

吉岡正晴「でもテレビには出ない。ラジオにも出ない。」

山下達郎「テレビは出ましたけれども、ヒット曲しかやりません。」

吉岡正晴「じゃあこういうR&Bのカバーなんていうものは、ライブに行かないと聞けないわけですね。」

山下達郎「いわゆるグループサウンズというのはカバーが中心なので、シングルヒットは最後にやるんですけれども、いかにカバーを他に先んじて取り上げるかという競争だったんですよ。」

オダイジュンコ「六本木あたりのお店屋さんをやられてたりとか。」

山下達郎「後にね。私中学生ですから。」

吉岡正晴「中学生くらいでそういう所に出入りしていたんですか。」

山下達郎「ええ。禁止でしたけれども。関係ないですよ。」

吉岡正晴「中には普通に入れるんですか。」

山下達郎「もちろん。でもほとんど女の子ですから。見てないグループサウンズはないですから。僕は。クーガーズとかああいうものまで見てますから。」

吉岡正晴「当時あまりメジャーではないグループサンズも、片っ端から見て、そういう人たちもこういうR&Bのカバーをやっていたのですか。」

山下達郎「やっていましたね。ビーバーズとかフラワーズとかアウト・キャスト。」

吉岡正晴「レコードにならない人たちも。」

山下達郎「レコードになっている人たちもいますし。」

吉岡正晴「その人たちはジェームス・ブラウンとか、当時のR&Bを積極的に聞いて、自分達でカバーしていたと。」

山下達郎「やっていましたね。」

オダイジュンコ「結構リアルタイムでアンダーグラウンドな所では、静かにそういうカルチャーがあったわけですね。」

山下達郎「ありました。ディスコティックですよね。踊らせるために。だから、踊れないバンドはダメなんですよ。それの反対側で、パープル・シャドウズとかザ・ワイルドワンズとか、聞かせる、ヒット曲を出すバンドもいましたけれども。ほとんどのバンドはやっぱり踊れるということが。」

吉岡正晴「次の曲に進みたいと思うんですが。」

山下達郎「この曲も死ぬほど好きなんですよ。これもワンコードミュージックなんですけれども、不思議な、非常に平坦なギターのリフというか、延々これでいくんですよね。ギターはこうで。ギターだけで聞くと変な感じなんですけれども、オケの中で聞くとなんでこれがって。ほとんどフリージャズに近いノリですよね。」

吉岡正晴「じゃあ聞きましょうか。ジェームス・ブラウンでAin't It Funky Now。」



山下達郎「このオルガンソロ。たまらないなぁ。」

吉岡正晴「ライブになるともっとグルーブがあるんですよね。」

山下達郎、ジェームス・ブラウンを語る 独裁者ジェームス・ブラウン

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より

吉岡正晴「There Was a Timeをご紹介いただきたいんですけれども、これを選んだ理由というのは。」

山下達郎「これが好きなだけです。その後にかける曲につながるので、伏線があるので。」

吉岡正晴「ではThere Was a Time。68年の段階です。」



吉岡正晴「このThere Was a Timeは達郎さんは大好きで、こういう曲を自分で作ろうと思われることはあるのですか。」

山下達郎「このThere Was a TimeのギターがDmなんですが、これで一番近いのは高気圧ガールですかね。このThere Was a Timeはこの時代のジェームス・ブラウンにしてはメロディーがはねないんですよ。だから日本語がのりやすいというか、こういうリズムのポリリズムのグルーヴ感で自分だったらどういう曲を作るのかと。だから真似じゃないんですよ。そういうインスピレーションなんですよ。JBにはなれないから、JB的なものは何かと自分の中であるんですよ。自分にとってJBとは何かというのがあって、ヤンキーの人がダンスフロアで踊るファクターとは違うね。」

吉岡正晴「それは何なのですか。」

山下達郎「だから、ドラムとベースとギターと、JBってキーボードがいないんですよね。ギターバンドなので。あとはブラスでしょ。だから非常に特異なグルーヴを持っているんですけれども。そういう、自分がギターを弾くという、もともとドラムを叩いていたから、そういう所から考えて、ジェームス・ブラウンのリズムの構築のやり方というのがあってね。そういう非常に独裁的な、絶対にパターンを崩さないという。この後、Live at the Apolloの67年のライブの、There Was a Timeの後ろ側がレコード化されているんですけれども、これはタイトルが全然違ってI Feel All Rightと。俗にいうLittle Groove Maker Meと言われる曲なんですが、シングルで出す予定がキャンセルされたんです。今のThere Was a Timeの後で、これは本当にディスコで人気があって、お客とやりとりをするんですよね。客がズレたりして、JBも途中で裏表が逆になったりして、ご愛敬があるんですけれども、これはもう最高の、JBのライブの1シーンを切り取った音としては最高のものです。それがだんだんみんなであってきて、ブラスが入っていくる所が筆舌に尽くしがたい。」

吉岡正晴「これはシングルでは、当時リリースがされなかったのですか。」

山下達郎「されていません。」

吉岡正晴「今はこのCD集に入っている。」

山下達郎「しかもステレオということでありがたいことです。」

吉岡正晴「じゃあその曲をご紹介しましょう。ジェームス・ブラウンで、アルバム「It's a Mother」からI Feel Alright(The Little Groove Maker,Me)。」

 

山下達郎「この5分何秒で全く余計な事をやらないでしょ。ずーっとキープしているでしょ。これは命令なんですよ。普通の日本人だったら絶対にアドリブを弾き始めたり、途中でバリエーションをいれたりするんですが、JBは絶対に許さない。そこで、いわゆる普通のファンクと言われるものとJBのファンクの違う所なんですよ。」

吉岡正晴「普通のファンクは仲間と一緒に作っていく感じですけれども、ジェームス・ブラウンは一番上にJBがいて、その配下にミュージシャン達がいて、絶対的命令というか、絶対的指導者として組織図ができていると。」

山下達郎「もともと戦前のジャズというのは、ビックバンドジャズじゃないですか。だから一番ジャズが商業的に成功しているのが1930年代ですから、その時はみんな譜面を見ながらフルバンドで、4トランペット、4トロンボーン、5サックスがリズムセクションという。それがビックバンドジャズの中でアドリブをやっているのがだんだんつまらなくなっていって、仕事が終わった後にサックスとドラムとベースとみんな集まってナイトクラブでやったのがいわゆるバップと言われるモダンジャズなんですよね。そのモダンジャズから洗練されてぬいていったのがファンキージャズと言われた運動があって、ジャズファンクじゃないですよ、ファンキージャズ。それとR&Bのファンクというものが似ているんです。だからファンクにしろファンキーにしろ自由度というものがすごく重要なんですけれども、ジェームス・ブラウンだけは一切自由がないんです。でもそれが生む継続的なグルーヴが、5分10分聞いているとだんだんだんだん不思議な高揚感があって、そういう意味ではミニマムミュージック的なものもあるし。」

吉岡正晴「不思議ですよね。同じリズムをずっとキープしていくとだんだん高揚していくという。これはジェームス・ブラウンの音楽の特徴でもありますよね。」

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