音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

山下達郎、ジェームス・ブラウンを語る 山下達郎が選ぶジェームス・ブラウンの最高傑作とは

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より

吉岡正晴「ジェームス・ブラウンのバラードで一曲。」

山下達郎「バラードの最高傑作は71年のI Criedだと思いますね。デビッド・マシューズ(David Matthews)がいたので、このすばらしいオケが作れたのでしょうね。歌い出しの所のフレージングが全然他と違うんですよね。」

吉岡正晴「つまり普通のシンガーとは比べものにならないと。」

山下達郎「比べものにならないですね。これはオケもすばらしいので、それにまた彼が感応して、普段以上のものが出てきていると思います。」

吉岡正晴「ではその曲をご紹介したいと思います。ジェームス・ブラウンの71年の作品でI Cried。」



吉岡正晴「達郎さんはジェームス・ブラウンではこのI Criedが最高峰であると。」

山下達郎「一番オケに無駄がないというか、これはデビット・マシューズが後からやり直してピアノを入れているとかそういう感じもありますよね。あまりに歌とオケの整合性がものすごくとれているんです。ずば抜けてとれていますね。」

吉岡正晴「例えば、自分がストリングスアレンジとか、いろいろな方にアレンジを頼んで、自分の作品にストリングスを入れたり、そういう時って例えばデビット・マシューズのアレンジとか、その辺の作品群が頭に浮かんだりしますか。」

山下達郎「しますけれども、それが実現できるかどうかはまた別問題ですよ。」

吉岡正晴「でもこれが山下達郎さんが選ぶスローバラードの最高峰、それが今のI Cried。そして、アップテンポで最高峰の曲はこれだという曲をかけるんですが、解説をいただけますか。」

山下達郎「71年のI'm A Greedy Man。これもやっぱりオケがよくできているんですよね。ブラスの8小節のリフが二つパターンあるんですけれども、それが延々繰り返されるんですけれども、ジェームス・ブラウンは気ままにワンコードでやっているんですよ、で、どこをどうやってもそれがうまく合うんですよ。そういうブラスのループはなかなか珍しい。これも多分デビッド・マシューズが関わっていると僕は信じているんですけれども、プロデュースとアレンジはジェームス・ブラウンになっていますけれども。デビュー時からずっと聞いていますけれども、これが一番完成度が高いかなって。これもABでパート1と2なんですけれども、ストレート盤というか、ノンストップ盤を今日持ってきました。」

吉岡正晴「ではご紹介しましょう。ジェームス・ブラウンでI'm A Greedy Man。」

 

山下達郎、ジェームス・ブラウンを語る ジェームス・ブラウンは世界一歌がうまいシンガーである説

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より

吉岡正晴「達郎さんはジャームス・ブラウンが世界一歌がうまいシンガーと公言して憚らない。」

山下達郎「僕はそう思いますよ。」

吉岡正晴「それはいつ頃からそう思われるようになったのですか?」

山下達郎「最初に聞いた時からですよ。いろいろなものを聞いて、歌の上手い人を聞きましたけれども、やっぱりジェームス・ブラウンにかなう人は誰もいないと思いますよ。ある人がマイケル・ジャクソンにかなう人はいないと言ったり、プリンスにかなう人はいないというのと同じような意味で、僕が生きてきた世代ではジェームス・ブラウンが世界一というか宇宙一ですよ。」

吉岡正晴「それは歌の上手さという意味で?」

山下達郎「独自性というか、単なるシンガーではないじゃないですか。コンセプトとかかなり無理な。今の曲を聞いてもどこにもないんですよ。今日的には政治的な問題もあるんですけれども、政治意識については時間がないので言及できないんですけれども。自分の人生の中でジャームス・ブラウンの音楽が与えてくれた力というか、そういうものです。」

吉岡正晴「それはバラードに限らずアップテンポに限らず、ジェームス・ブラウンは何を聞いてもナンバーワンで。」

山下達郎「ジェームス・ブラウンは何を聞いてもジェームス・ブラウン。ティナ・ターナーは何を聞いてもティナ・ターナーだと同じようなもので。ジェームス・ブラウンが歌っていればそれでいいんですよ。20代はシングルで買ったボロボロのヤツをカセットに入れて60分、三本。それを朝から晩まで聞いていた時代があって、今でもツアー行ったらジェームス・ブラウンを聞いて寝ていますからね。ジェームス・ブラウンか志ん生の落語か。」

吉岡正晴「ジェームス・ブラウンになりたいとも思わないし、ジェームス・ブラウンのようには歌えない。とても高くて到達できないという理解でよろしいのですか。」

山下達郎「そうです。ジェームス・ブラウン的なものを自分でもやれるとしたらどのようなものがあるのかと、それは全然別な問題。ジェームス・ブラウンになろうとも思わなかったし。」

吉岡正晴「例えばジェームス・ブラウンを一番上に置くと、若干下に歌がうまいとかリズム感がいいとかが五人とか十人はいますか。」

山下達郎「もちろん。アイドルはたくさんいますからね。僕はニューヨークのザ・ヤング・ラスカルズが大変好きで、フェリックス・キャヴァリエ(Felix Cavaliere)は本当によく歌いますし、ブライアン・ウィルソンのファルセットは素晴らしいと思いますし、それはたくさんいますけれども、ジェームス・ブラウンはそういうものとはちょと違うんで。」

吉岡正晴「別格で。」

山下達郎「別格ですね。超越してます。」

吉岡正晴「達郎さんはジェームス・ブラウンにあったことがありますか。」

山下達郎「ありません。ライブは何度もありますけれども。」

オダイジュンコ「あいたくないかもしれませんよね。」

山下達郎「あいたくありません。ブライアン・ウィルソンにもあいたくないですけれども。好きなものにはあわない方がよいと。」

山下達郎、ジェームス・ブラウンを語る ジェームス・ブラウンの影響をうけたグループサウンズ

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より

山下達郎「60年代はこういう音楽を一番影響を受けたのはミュージシャンなので、特にグループサウンズと言われる、当時はディスコティックは生でしたから、生ディスコティックで人気があったグループがグループサウンズとしてデビューしていくんですけれども、その中でもR&Bが好きな人たちがたくさんいて、そういう人たちがカバーをするんですよね。そのカバーした音がいまでも残っているので、その時代にジェームス・ブラウンがどういうとらえられ方をしているのかがとっても面白く出ているので、すごくイケてる部分とそうではない部分とが、演奏はうまいけど歌がアレだとか、いろいろなことがあるんですけれども、今日持ってきたのは二曲で、ズー・ニー・ヴーという成城の学生バンドから出た人たちで、演奏はすごくうまいんです。リードボーカルの町田義人さんはとっても歌の上手い人で、この人がI Got The Feelinを歌っているんですよ。68年ですから、完全リアルタイムで。あとは、ザ・ゴールデン・カップスという横須賀の大変有名なバンドがあるのですが、この人たちはI Feel Goodを歌っております。これも68年のデビューアルバムで。ザ・ビーバーズの成田賢さんがI Got The Feelinをやっていたんですけれども、それはレコードになっていないんですよね。とってもよかったのですが。」

吉岡正晴「ズー・ニー・ヴーのI Got The Feelinとザ・ゴールデン・カップスのI Feel Goodをご紹介しましょう。」



山下達郎「GSは基本的にライブバンドですからね。演奏力はあるんですよ。」

吉岡正晴「当時はジャズ喫茶みたいなところで彼らがやっていたのですか。」

山下達郎「はい。」

吉岡正晴「でもテレビには出ない。ラジオにも出ない。」

山下達郎「テレビは出ましたけれども、ヒット曲しかやりません。」

吉岡正晴「じゃあこういうR&Bのカバーなんていうものは、ライブに行かないと聞けないわけですね。」

山下達郎「いわゆるグループサウンズというのはカバーが中心なので、シングルヒットは最後にやるんですけれども、いかにカバーを他に先んじて取り上げるかという競争だったんですよ。」

オダイジュンコ「六本木あたりのお店屋さんをやられてたりとか。」

山下達郎「後にね。私中学生ですから。」

吉岡正晴「中学生くらいでそういう所に出入りしていたんですか。」

山下達郎「ええ。禁止でしたけれども。関係ないですよ。」

吉岡正晴「中には普通に入れるんですか。」

山下達郎「もちろん。でもほとんど女の子ですから。見てないグループサウンズはないですから。僕は。クーガーズとかああいうものまで見てますから。」

吉岡正晴「当時あまりメジャーではないグループサンズも、片っ端から見て、そういう人たちもこういうR&Bのカバーをやっていたのですか。」

山下達郎「やっていましたね。ビーバーズとかフラワーズとかアウト・キャスト。」

吉岡正晴「レコードにならない人たちも。」

山下達郎「レコードになっている人たちもいますし。」

吉岡正晴「その人たちはジェームス・ブラウンとか、当時のR&Bを積極的に聞いて、自分達でカバーしていたと。」

山下達郎「やっていましたね。」

オダイジュンコ「結構リアルタイムでアンダーグラウンドな所では、静かにそういうカルチャーがあったわけですね。」

山下達郎「ありました。ディスコティックですよね。踊らせるために。だから、踊れないバンドはダメなんですよ。それの反対側で、パープル・シャドウズとかザ・ワイルドワンズとか、聞かせる、ヒット曲を出すバンドもいましたけれども。ほとんどのバンドはやっぱり踊れるということが。」

吉岡正晴「次の曲に進みたいと思うんですが。」

山下達郎「この曲も死ぬほど好きなんですよ。これもワンコードミュージックなんですけれども、不思議な、非常に平坦なギターのリフというか、延々これでいくんですよね。ギターはこうで。ギターだけで聞くと変な感じなんですけれども、オケの中で聞くとなんでこれがって。ほとんどフリージャズに近いノリですよね。」

吉岡正晴「じゃあ聞きましょうか。ジェームス・ブラウンでAin't It Funky Now。」



山下達郎「このオルガンソロ。たまらないなぁ。」

吉岡正晴「ライブになるともっとグルーブがあるんですよね。」

山下達郎、ジェームス・ブラウンを語る 独裁者ジェームス・ブラウン

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より

吉岡正晴「There Was a Timeをご紹介いただきたいんですけれども、これを選んだ理由というのは。」

山下達郎「これが好きなだけです。その後にかける曲につながるので、伏線があるので。」

吉岡正晴「ではThere Was a Time。68年の段階です。」



吉岡正晴「このThere Was a Timeは達郎さんは大好きで、こういう曲を自分で作ろうと思われることはあるのですか。」

山下達郎「このThere Was a TimeのギターがDmなんですが、これで一番近いのは高気圧ガールですかね。このThere Was a Timeはこの時代のジェームス・ブラウンにしてはメロディーがはねないんですよ。だから日本語がのりやすいというか、こういうリズムのポリリズムのグルーヴ感で自分だったらどういう曲を作るのかと。だから真似じゃないんですよ。そういうインスピレーションなんですよ。JBにはなれないから、JB的なものは何かと自分の中であるんですよ。自分にとってJBとは何かというのがあって、ヤンキーの人がダンスフロアで踊るファクターとは違うね。」

吉岡正晴「それは何なのですか。」

山下達郎「だから、ドラムとベースとギターと、JBってキーボードがいないんですよね。ギターバンドなので。あとはブラスでしょ。だから非常に特異なグルーヴを持っているんですけれども。そういう、自分がギターを弾くという、もともとドラムを叩いていたから、そういう所から考えて、ジェームス・ブラウンのリズムの構築のやり方というのがあってね。そういう非常に独裁的な、絶対にパターンを崩さないという。この後、Live at the Apolloの67年のライブの、There Was a Timeの後ろ側がレコード化されているんですけれども、これはタイトルが全然違ってI Feel All Rightと。俗にいうLittle Groove Maker Meと言われる曲なんですが、シングルで出す予定がキャンセルされたんです。今のThere Was a Timeの後で、これは本当にディスコで人気があって、お客とやりとりをするんですよね。客がズレたりして、JBも途中で裏表が逆になったりして、ご愛敬があるんですけれども、これはもう最高の、JBのライブの1シーンを切り取った音としては最高のものです。それがだんだんみんなであってきて、ブラスが入っていくる所が筆舌に尽くしがたい。」

吉岡正晴「これはシングルでは、当時リリースがされなかったのですか。」

山下達郎「されていません。」

吉岡正晴「今はこのCD集に入っている。」

山下達郎「しかもステレオということでありがたいことです。」

吉岡正晴「じゃあその曲をご紹介しましょう。ジェームス・ブラウンで、アルバム「It's a Mother」からI Feel Alright(The Little Groove Maker,Me)。」

 

山下達郎「この5分何秒で全く余計な事をやらないでしょ。ずーっとキープしているでしょ。これは命令なんですよ。普通の日本人だったら絶対にアドリブを弾き始めたり、途中でバリエーションをいれたりするんですが、JBは絶対に許さない。そこで、いわゆる普通のファンクと言われるものとJBのファンクの違う所なんですよ。」

吉岡正晴「普通のファンクは仲間と一緒に作っていく感じですけれども、ジェームス・ブラウンは一番上にJBがいて、その配下にミュージシャン達がいて、絶対的命令というか、絶対的指導者として組織図ができていると。」

山下達郎「もともと戦前のジャズというのは、ビックバンドジャズじゃないですか。だから一番ジャズが商業的に成功しているのが1930年代ですから、その時はみんな譜面を見ながらフルバンドで、4トランペット、4トロンボーン、5サックスがリズムセクションという。それがビックバンドジャズの中でアドリブをやっているのがだんだんつまらなくなっていって、仕事が終わった後にサックスとドラムとベースとみんな集まってナイトクラブでやったのがいわゆるバップと言われるモダンジャズなんですよね。そのモダンジャズから洗練されてぬいていったのがファンキージャズと言われた運動があって、ジャズファンクじゃないですよ、ファンキージャズ。それとR&Bのファンクというものが似ているんです。だからファンクにしろファンキーにしろ自由度というものがすごく重要なんですけれども、ジェームス・ブラウンだけは一切自由がないんです。でもそれが生む継続的なグルーヴが、5分10分聞いているとだんだんだんだん不思議な高揚感があって、そういう意味ではミニマムミュージック的なものもあるし。」

吉岡正晴「不思議ですよね。同じリズムをずっとキープしていくとだんだん高揚していくという。これはジェームス・ブラウンの音楽の特徴でもありますよね。」

山下達郎、ジェームス・ブラウンを語る ミュージシャンがライブでテンポを上げて演奏する理由

20160503 「今日は一日“JB(ジェームズ・ブラウン)&ファンク”三昧」より

吉岡正晴「67年にCold Sweatが出ました。続いて、ファンクのリズムが進化していくという。」

山下達郎「だんだん突進感が出てくるというか。疾走感というか。ただ、僕がこの曲(Get It Together)が好きなだけなんです。この曲も変態な曲で、ワンコードなんですけれども、ブリッジになるといきなりコードが変わって、ワンコードはFなんでけれども、ブリッジになるとAmで行くんですよ。ジミー・ノーラン(Jimmy Nolen)のギターがね。そういう変な曲なんですけれども、これは最初シングルで出したんですれども、ミックスが悪いといって、エンジニアをクビにした出し直すんですよね。セカンドミックスなんですよね。これはスルーでやると長いので、これは面白い所だけつまんでエディトにして6分半のバージョンに作り直してきました。」

吉岡正晴「達郎ミックスで。」

山下達郎「一回フェードアウトをして、またフェードインします。それはシングルパート1とパート2の感じを聞いていただくためにそういう風にしました。」

吉岡正晴「ではGet It Togetherのセカンドミックスの方のパート1パート2をお送りしましょう。」




吉岡正晴「このGet It Togetherがヒットしました。そして次にこの有名なThere Was a Timeになるんですよね。Cold Sweat、Get It Together、There Was a Timeというこの流れをミュージシャン的にはどうご覧になるのですか。例えば、やっぱりリズムが進化してるなぁみたいな。」

山下達郎「どんどんライブがエスカレートしていっているんですよね。今いろいろなライブ音源が出てきているので聞いてみると、全部早いですよね。でもThere Was a Timeは、このLive at the Apolloでのライブのこのバージョンはちゃんとしているんですよ。これは67年のライブで初期のものだから、曲ができた時点の最初の頃のものだからなんでしょうね。その後、どんどん早くなりますよね。ボストンのとか。」

  

吉岡正晴「ミュージシャンはやっぱり最初作った時より、ライブで回数を重ねていくと、どんどんテンポが早くなっていくのでしょうか。」

山下達郎「お客次第でしょ。若いころはやっぱり早かったですけれども、最近、僕が還暦になってからは、普通のテンポに戻りましたね。30代の頃はメチャクチャ早かったですよ。ドラマーが悲鳴を上げていましたからね。それは、本音を言うと、本当の意味での自信を持ち切れないというか、アップテンポにすることによって煽るというか、そういういろいろな要因がありますね。」

吉岡正晴「やっぱりミュージシャンはアップテンポの方が客がのるから安心するんですか。」

山下達郎「安心しますね。というか、そうやって自分を安心させるんですね。」

吉岡正晴「よくあるのが、例えばBPM、1分間のビート数が120のレコードであったと、ミュージシャンはだんだんそれを125とか早くしてお客さんを盛り上げて、中にすごく稀な人が120の曲を110くらいでやったりすると、すごく余裕というか自信があるように思えてしまったりするんですよ。そういうことなんですかね。」

山下達郎「そうですね。でもR&Bの場合はダンスミュージックですから、オーディエンスがきちっとダンスできるかというコレクトビートというか、ちょうどいいビートを出してあげるのが一番いいでしょ。チャック・ブラウン(Chuck Brown)みたいな人は、アップしないでしょ。ジェームス・ブラウンみたいな人は、だんだんダンスミュージックから逸脱していくんですよね。表現する音楽になっていって。僕はミュージシャンなのでそんな感じがします。」

吉岡正晴「達郎さんの曲にもアップテンポな曲がたくさんありますねれども、その時はお客さんを踊らせようという意識はあるのですか。」

山下達郎「僕はないです。」

吉岡正晴「ジェームス・ブラウンはありますよね。」

山下達郎「はい。」

吉岡正晴「そこはじゃあ違う点で。達郎さんのBOMBERがディスコで流行って、みんなあの曲で踊ったと。」

 

山下達郎「あの曲はダンスミュージックではないですけどね。」

吉岡正晴「それは作った方としては全く青天の霹靂で。」

山下達郎「青天の霹靂でした。」

吉岡正晴「なるほど。でもそれがライブでやっていくうちに、みんな踊りだすと。ミュージシャンである達郎さんはそれに慣れてくるのですか。」

山下達郎「30代の時はそうでしたね。やっぱり登り調子じゃないですか。ブレイクしていくという所がありましたので、それはありますね。今は純粋に音楽的な表現というか、あくまで聞かせる音楽として作ったものなので、僕らの場合はね。日本人ですから。だからディスコの箱でやっていたらもう少し考えたかもしれませんけれども。そういうダンスフロアでやる音楽としては作ってないので。若いころ大学に入ったころは、学園祭とかでJumpin' Jack Flashとかやるじゃないですか。」

吉岡正晴「そういう時は踊らせる目的でやることもあったのですね。」

山下達郎「自分がそういう音楽を志向するのだったら、当然そういう形になると思いますけれども。今の世代ならダンスフロアーの音楽とかになるんでしょうけれども、僕の世代はシンガーソングライターの世代だったので。」
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