音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

ニューウェーブの傾向と対策

 今回は、「今日は一日“パンク・ニューウェイブ”三昧 」よりニューウェーブの傾向と対策についてまとめます。解説は小野島大氏です。

1、意義

 ・パンクはそれまでの因習や音楽のシステムを壊して、若い人達は何をやってもいいんだと気づいて、ここからパンクに触発された自分の表現をやろうということでいろいろな事をやり始めたのがニューウェーブである。サウンドスタイルで括るとなんでこれとこれが同じなのということになるが、パンクの影響で解放されて自分の音楽をやりはじめた雰囲気というか気分がニューウェーブというジャンルを形作っている。

 ・このパンクからニューウェーブの動きをもっともよく表しているのがセックスピストルズのボーカルであったジョニーロットンが本名のジョンライドンに戻って結成したのがパブリック・イメージ・リミテッド(Public Image Ltd)である。ジョンライドンはセックスピストルズでダブやレゲエに影響された音楽をやろうとしたができなかったので、パブリック・イメージ・リミテッドを結成した。POPTONES。


2、展開

 (1)、イギリス

  ・このニューウェーブの動きを前衛化していった代表的なバンドがスロッビング・グリッスル(Throbbing Gristle)である。彼らはノイズアバンギャルドをやっているどちらかというとアートというかパフォーマンス色が強い集団である。いわゆるノイズミュージックといわれる音楽の元祖といえるバンドでもある。その後、メンバーがサイキックTV(Psychic TV)というバンドを作りハウスの元祖みないなこともやっている。Hit By a Rock 。


 (2)、ドイツ

  ・ドイチュ=アメリカニシェ・フロイントシャフト D.A.F.(Deutsch Amerikanische Freundschaft)はジャーマンニューウェーブの人たちで、最初の頃はノイズインダストリアルみたいな音だったがどんどんメンバーが抜けていってボーカルとドラムだけになって、ボーカルとドラムとシーケンスしか鳴っていないという音楽になっていった。後のハウスだとかテクノに大きな影響を残していった。Der Mussolini。


 (3)、オーストラリア

  ・フォータス(Foetus)はオーストラリアの人で、インダストリアルメタルの元祖である。非常に密度の濃い鋼鉄のような音楽をやる人である。Clothes Hoist。


 (4)、アメリカ

  ・スワンズ(Swans)はニューウェーブの後のノーウェーブの後に出てきたニューヨークのバンドである。Time Is Money。


3、掟ポルシェ氏の説明

 ・ニューウエーブとは、レコード屋でロックというレコードの棚があって、これはロックにいれとけないなぁという作品がパンクニューウェーブの棚になる。ちょっと異常性がないといけないというか、新しくなければいけないというか、かつてのロックっぽいものを踏襲しようとしていないものがニューウエーブである。

 ・ニューウエーブというのは、本来の音楽よりもその音楽にまったく無関係な付加価値をつけて、その付加価値の部分の幻想を持ってすごいものに見せかけようというところがある。頑固親父のラーメン屋みたいなもので、親父があまりにも頑固なのでこのラーメンはうまいんじゃないかと思えてくるみたいなものである。ロマンポルシェもニューウェーブバンドであり、掟ポルシェ氏がボーカル兼説教を担当している理由である。

 

パンクロックの勃興と収束

 今回は、「今日は一日“パンク・ニューウェイブ”三昧 」よりパンクロックの勃興と収束についてまとめます。解説は小野島大氏です。

1、パンクの起源

 ・商業的に成功して社会の状況も全部かえてしまったという意味ではロンドンパンクというのは非常に影響力が大きかったが、パンクの起源はニューヨークである。もっと遡ると、60年代のガレージパンクバンドや、さらに遡るとそもそもロックとは本質的にパンクではないのかという説もあるが、一応、パンクの起源としては1975年くらいのニューヨークということになっている。代表的なバンドはラモーンズ、パティスミス、テレビジョン、リチャードヘルなどである。

2、パンク勃興の背景

 ・パンクは既存の価値観に対する挑戦であった。今まであるいろいろな決め事とか、常識であるとか、価値観であるとかそういうものが本当に正しいのかというクエッションマークをつきつけた。それは要するに、自分自身であれ、自主独立であれ、お前の個性を大事にしろ、好きなことをやればいいんだというメッセージになっていった。こういうメッセージに触発されていろいろな人がパンクをやりはじめた。これまでのロックというのは、ジャズヒュージョンなどが流行っていてテクニック至上主義であり、テクニックのある人しか音楽をやってはいけないというような風潮もあったが、パンクであれば誰でもできた。初期のロックンロールのルネッサンスであるともいうことができる。

3、ロンドンパンク

 ・セックスピストルズのマネージャーのマルコムマクラレンは、ニューヨークドールズのマネージャーをやっていて、ニューヨークドールズのジョニーサンダースというギターがいて、この人をロンドンに連れてきて自分のプロデュースでバンドをやらせようとしたが断られたので一人で帰ってきて、自分の開いたブティックに出入りしていたチンピラを集めて作ったのがセックスピストルズである。このマルコムマクラレンの仕掛けによってイギリスでは話題になって、音楽だけじゃなく社会状況から文化状況まで全部変えてしまったというのがロンドンパンクの流れである。

4、ハードコアパンク

 (1)、ディスチャージやクラス

  ・パンクが持っていた破壊的、暴力的な部分をどんどん拡大していく動きが出てきて、これがハードコアパンクとなる。この代表格がイギリスのディスチャージ(Discharge)というバンドである。このバンドの1981年のシングル盤であるNever again。


  ・ディスチャージがハードコアのサウンド的な過激さを追い求めたバンドとしたら、同じイギリスのクラス(Crass)は精神的なパンクを追求したバンドである。音だけ聞くとハードコアパンクのイメージとは違うが、歌詞は非常に刺激的だし姿勢が徹底して反商業主義的な姿勢を貫いたバンドで、非常に精神的な部分で影響の大きかったバンドである。クラスのnagasaki nightmare。


  ・このクラスの弟分バンドにFlux of Pink Indiansがある。このバンドが作ったレーベルがワンリトルインディアンという自主レーベルで、ここからデビューしたのがビヨーク(Bjork)がボーカルをしていたシュガーキューブス(Sugarcubes)である。

 (2)、80年代後半以降

  ・このディスチャージやクラスの精神を受け継いでどんどん過激になってゆき、80年代後半以降のハードコアシーンでは、イギリスノッティンガム出身のヘレシー(Heresy)、バーミンガム出身のナパームデス(Napalm Death)などが代表的なバンドである。この当時のハードコアパンクはスピードの追及に命をかけており、とにかくなるべく速く、なるべくうるさく、なるべく汚くというのがこの頃のハードコアバンドのベクトルであった。ところが、ナパームデスまでいくと人間の力ではこれ以上さすがに速くできないということで、速さの追求はこれ以上無理だろうということで、もっと重い方向であるデスメタルという方向へいくこととなった。




 (3)、90年代以降

  ・ナパームデス以降、イギリスのハードコアパンクバンドはあまり出てこなくなって1990年代以降はアメリカがハードコアシーンの中心となっていった。ボストン出身のコンヴァージ(Converge)が今一番最高値を記録していうるバンドである。

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