音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

ノエル・ギャラガー(Noel Gallagher)は実はオアシス(oasis)を再結成したがっている説

20111021

 ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズでAKA... Broken Arrow。

 

 今回のアルバムはライナーノーツで彼自身の発言を読みますと、「オアシスでは10曲がすべてひとつの物語をつづるような、あるいはどこまでもすべてにまとまりがあって感情と音楽の旅に出られるといったアルバムが作れなかった」と。だから「このアルバムはひとつの物語を形成するようなアルバムを作った」といっております。アルバムの物語は一曲目のEverybody's on the Runから始まります。この曲は「二人の人間が今いる場所が嫌だからここから逃げ出そうといっている歌なんだ」と発言しております。Everybody's on the Run。

 

  誰もが自由になりたくここじゃない違うところに行きたいという、そうして旅を始めるという曲でアルバムは始まるわけですけれども、その後にいろいろありまして、「最終的には自分達が逃げた場所は最初にいた場所とちっとも変わらないということに気がつくんだ。で、まさにそれがStop the Clocks、これがアルバムのラストナンバーなんですが、この曲が歌ったいることなんだ。もといた場所に戻ろうぜって。隣の芝生は必ずしも青いわけじゃないってことなんだよ。」っていう結論になるみたいです。

  時計を止めて世界を巻き戻してくれ
  お前の愛で俺を寝かせてくれ
  そして朝が来る頃には音がなくなっているんだ
  箱に鍵をかけて俺の意識のバックシートに置いてくれるがいい
  夜が明けたら俺はどこで目覚めるんだろう

  時計を止めて世界を巻き戻してくれ
  お前の愛で俺を寝かせてくれ
  そして朝が来る頃には音がなくなっているんだ
  そして今夜が明けても何も聞こえては来ないんだ

 というナンバーでございます。どうなんでしょうかね。なんか深く読むと、オアシスをやりたいのかなぁと。これはメンバーに対するメッセージというか世間に対するメッセージなのかなぁという。一曲目も結構、自由を求めているけどさぁ、そうはうまくいかないんだよねっていう。これも自分とリアムに言ってるのかなぁみたいな。いろいろな解釈のもとにナンバーを聞いていただこうと思います。Stop the Clocks。

 

 ノエル・ギャラガーのソロ作は成功しちゃいそうですよね。イギリスでは評価が高いみたいですけれども、オアシスはどんどん遠くなっていくのかなぁとも思ったりもします。でも逆に、ものすごく成功するとオアシスは近づいてくるのかなぁともいろいろ考えちゃったりします。

ケイト・ブッシュ(Kate Bush)がチャートの上の方にくるイギリスはすごい説

20111209 

 ケイト・ブッシュの「雪のための50の言葉(50 Words For Snow)」というタイトルがついた待望の新作がでました。今年の7月に6年ぶりのアルバム「Director's Cut」がリリースされたのですが、これは一種のリメイクだったので、6年ぶりのオリジナル作品はこちらの作品ということになります。本当にどの曲も十何分みたいな大作ばっかりで、果たしてその中からどの曲を選ぶのかということは結構大変だったのですが、そのアルバムの中から一曲聴いていただきたいと思います。Wild Man。

 

 これがファーストシングルになるんですけれども、どちらかというとアッパーな雰囲気もあって、これまでの深く沈んで繊細なケイト・ブッシュの世界観おりもちょっと昔な匂いも感じさせる曲になっております。ただし、アルバム全体はここ何作かと同じように緻密に作り上げられた、無駄な音、無駄な言葉、無断なビートが一音もないという、そのケイト・ブッシュの世界観が一曲十何分も続くという、すごい究極の作品になっております。次は、その中でもアルバムタイトルナンバーである「雪のための50の言葉(50 Words For Snow)」という曲を聞くんですけれども、これは実にこのアルバムを象徴しているユニークな曲で、ライナーノーツでどういう曲か説明しているので、それをそのまま読ませていただきます。

  アルバムタイトルナンバーの「雪のための50の言葉(50 Words For Snow)」は興味深い仕立で、エスキモーには雪を表す言葉が50あるといういわれをモチーフに、ケイトが呼び上げる番号に促されて、ジョセフ・ユピック教授といわれる男性が彼なりの雪に関する言葉をあげていくというものである。ユピックというのはエスキモー言語の名称だし、ケイトにせっつかれて50の言葉(大半は英語や他の言語を組み合わせた造語のようだが)を言い表されてゆく曲全体の印象はユーモラスである。

 と書かれておりますが、こういう構造なんですよ。だから雪に関する50の言葉を言わなければならない。それでこのユピック教授という人がいろいろな言葉を言っていくんですけれども、そうすると「あと32残ってるわよ。ちゃんと32言ってよ。」とケイトが促すという変な構造で、雪のための50の言葉も最初のうちは「ブリザード」とか「雪崩」とからしい言葉が数個でてくるんですけれども、あとは「白鳥解けてゆく」「ハンターの夢」「フードの中で泣いた」「足首泣かせ」「ゴミ消し」「シュークリーム」とか何だそれはみたいな言葉が延年続いていくという。らしいといえばこれほどらしい曲はないんですけれども、非常にこれがケイト・ブッシュの緻密な音楽世界の中で構成されて、ユーモアとなおかつ緊張感のある世界が完成されております。50 Words For Snow。



 今回のケイト・ブッシュもポップミュージックの最高の技術とセンスと緻密な構成力によってすばらしい作品を作っていて、ケイト・ブッシュの作品がいつもチャートのトップを走るイギリスという国はすごいなぁと思ったりします。

チャックD(Chuck D)、カニエ・ウェスト(Kanye West)とJay-Zに激怒する

20111125

 Jay-Z & Kanye WestでOtis (feat. Otis Redding)。

 

 非常に盛り上がる曲ですけれども、ビデオクリップがアホみたいなビデオクリップで、水着のお姉ちゃん達がいっぱい出てきて車をぶっ壊しながら走りまくるって、これはどうなのかなぁと思いましたら、このビデオクリップを見たパブリック・エナミー(Public Enemy)のチャックDが、「お前らオーティス・レディングの曲をサンプリングしながら何を考えてるんだ。このアホなPVはなんだ。」って大変お怒りになって、カニエ・ウェストとJay-Zは何の反応も出来ずにシュンとしたそうです。

R.E.M.に学ぶ、理想的な解散の仕方とは?

20111111

中村明美「先日紹介したR.E.M.の最後のシングルを紹介したいんですけれども、31年のキャリアから突然解散を発表して世界のロックファンを悲しめたR.E.M.なんですが、最後のシングルというのが先日発表されました。これがWe All Go Back to Where We Belongという、「僕らはみんな元いた場所に帰るだけなんだ」というタイトルからしてジンときてしまう曲なんですけれども、歌詞の内容も、「これから僕達は自分達の物語を自分達の心の中に書いていくつもりだから」という曲の歌詞だけでなくトーン全体もR.E.M.らしいせつなさとやさしさがこもった、ファンならば涙なしには聞けないすごくいい曲なのではと思います。バンドをやめる理由としては、引き際が肝心だということを言っていたので、その言葉通りにすごく美しい曲を最後に残してくれたなぁという気がします。アメリカでも彼らの解散はすごく衝撃的なこととして伝えられていて、1980年代に彼らが出てきてオルタナというジャンルを作り上げたということがすごく偉大であり、彼らがいなかったらニルヴァーナのようなバンドも出て来れなかったということで、彼らの曲がすばらしかったということのみならず、その象徴としてアメリカのロックシーンにすごく重要な位置にいるということと、これからもサウンドのみならず象徴として残っていくだろうなぁという風に言われています。私は今年、マイク・ミルズに最新作についてインタビューをしていたんですけれども、そのときの様子や話、さらにはアルバムの中にもそういうようなことを匂わせる曲もあったので、なんとなくそのときに彼らは解散してしまうのではないのかなぁと思っていたんで、実は解散の発表を聞いたときは驚かなかったんですけれども、すばらしい形でバンドをやめるということも勇気があることだと思うので、ファンはがっかりしていると思いますけれども、私はいい形で終わらせてくれたなと思いました。」

渋谷陽一「歌詞を読みましても、まさにバンド解散を想定されて書かれているナンバーで、たいていのロックバンドはグジャグジャなもとにグジャグジャな形で解散していて、ラストソングをこれだけしっかり歌うっていうことはあんまりなくて、超有名なところではビートルズのキャリー・ザット・ウェイト(Carry That Weight)という曲がありますけれども、解散前提でこのような曲が書かれるという物語の完璧さというのは、知性によってコントロールされエモーショナルなメロディーを書いていたR.E.M.らしい、すごいなぁとう曲ですよね。こういった形で解散するのは残念ですけれども、彼らが言っているように「元いた場所に帰るだけだから」ということで個々のメンバーもがんばってほしいですよね。」

中村「バンドを美しく終わらせてくれたということで、これから先も楽しみにしていきたいところです。」

 

  僕らが象になった夢をみたんだ
  水と太陽と塵がたくさん
  そして目が覚めたとき自由になれたと思えた
  君の肌は海の味がするんだね
  ここですべてがはじまるんだよ
  僕らはみな元にいた場所に帰るだけだから
  僕らはみな元にいた場所に帰るだけだから
  これで本当にいいんだよね?
  これで本当にいいんだよね? 

ビヨーク(Bjork)に学ぶ、テクノロジーと自然について

20111014 

1、Biophiliaプロジェクト

 ビヨークでSacrifice。

 

 なかなか手ごわいアルバムです。レコード会社がこのアルバムについて解説的なことを書いているんですけれども、「Biophiliaはマルチメディアプロジェクトであり、スタジオアルバム、アプリ、そして新しいウェブサイト、そしてカスタムメイドされた楽器、教育的なワークショップから構成されている。自然発生的な自然との体験というコンセプトに基づいて製作され、自然科学と感情を混合させている。ビヨークのフィルターを通して科学と自然の要素、そして音楽が独自に解釈されて表現された今世紀最大の芸術作品」って書いてあります。何を言っているのか分からないと思うので僕なりの解釈を述べますと、ビヨーク自身は新しい音楽とのインターフェイスを発見したわけですね。それはわれわれがよく使っているような、携帯端末みたいなタッチパネルでいろいろなコンピューターや何かとアクセスする、あるいはデータとアクセスするというインターフェイスによって、いろいろなものを動かせるようになった。それによって楽器も動かせるようになったというのがビヨークにとってすばらしい発見だったと思います。音楽というのは不思議なもので、ものすごく音楽的な才能をもった人がものすごく音楽的に高いスキルを持っているとは限らないわけですよね。たとえば、ビヨークは何がしかものすごく楽器がうまかったり、あるいは音符が書けたり、あるいはアレンジができたりとかじゃなくて、ビヨークの頭の中には音楽が爆発していて、音楽に満ち満ちていて、そこにはものすごく深い表現があるんだけれども、それを彼女は歌うこと以外に何がしかの音楽的なスキルをもって表現することが困難だったと思うんですよね。そこにすごい苛立ちがあったと。それを何がしかうまい形で音楽の表現のインターフェイスを作りたいと思ったときに、このコンピューターの携帯のタッチパネルというものが、洗練されて使っていくとビヨークの音楽がいい感じで表現できるということいろいろな人と共有し、ワークショップを作り、そういう音楽を作るという行為がどういうことなのかということを深めていくことによって、テクノロジーの進歩を実現していくというすごいプロジェクトなんですよ。でも、言ってみればそんなことはどうでもよくて、音楽を聞いてそれがよければいい話であって、やっぱりそういう新しい音楽とのインターフェイスを手に入れたビヨークというものが、自分自身への音楽へと進化させていったことによって、いいアルバムになったということが一番重要なことだと思います。次は宇宙について歌っている曲でありまして、その宇宙とのかかわりというのがあって、それはいわゆるエコとかそういうものとは違って、彼女なりの解釈で素晴らしいと思うんですけれども、すごくシンプルな歌詞がついております。

  天の住人達が私の周りを飛び回って好奇心をかきたてる
  そして彼らは言う
  「その昔、われわれの宇宙はからばの海であった。
   銀ぎつねと彼女の狡猾な仲間がやってきて歌い始めるまでは。」
  その後いまここにある世界になった歌を

 ビヨークでCosmogony。

 

2、テクノロジーと自然について

 このアルバムについては、語ろうと思えば無数に語ることがあるんでうけれども、ビヨーク自身がどういう姿勢でこのアルバムに立ち向かったのかというと、たとえば最新テクノロジーを使って、ハイテクにどこまでも固執する彼女の姿勢について、テクノロジー至上主義は非常に危険なのではないのかという批判に彼女はこう答えているんですよね。

  でもどうしても何かを作るためには道具を使うわけでしょ。マイクだって必要だし楽器だって道具なわけでしょ。ギターだってフルートだって声だって全部道具なのよ。それにステージに立つことだってその延長線上でしかないから。つまり私は、テクノロジーの発展というのはどうしたっておこるものなんだから、ポップミュージックを作るにあたって自分の前にあるものを使う方がむしろ誠実で、嘘偽りのない正直な行為だと思うわけ。

 その通りですね。実に正しい。自然との共生というのも、倫理的に「自然を大切に、われわれは自然とともに生きてかなければならない」みたいな発想とは彼女は全然違っていて、何よりも自然と真剣に向かい合わなければいけないけれども、その姿勢そのものは全然違っているんですよね。たとえば、ウィルスなんかも自然の一要素なんですけれども、それの一種の残酷性なんかを歌ったナンバーがあったりするんですけれども、その曲について彼女はこういう解説をしております。

  まずこの曲はとってもスィートなポップソングにしようと思っていたんだけれども、でもものすごくダークサイドを描きたいとも思ったわけ。というのも、これは日本の人もアイスランドの人もよく分かっていることだけれども、自然というのは全然かわいいものではないでしょ。フラワーパワーのヒッピーが唱えているようなアコースティック・ギターとちょうちょの世界なんて存在しないのよ。私に言わせたら自然界とは本当にハードコアだからね。だから私はそれが共存する関係性をここで歌いたかったわけ。それはキノコと木の関係だったり、細菌と人間とかのね。それらの関係性は非常に複雑なものだけれども、でも細菌は絶対に消滅しなわけだから私達には破壊できないし、だから細菌とは共存していかなければいけない、そういうこと。

 その通りですね。本当にみんながこういう発想になってくれるといろいろなものが非常にスムーズに進むなぁという気がするんですけれども、このように正しい姿勢のもので、彼女は何よりもテクノロジーというものを大切にし、何よりも自然というものを大切にし、それを世間が思っていることと敢えて真逆な形でアプローチしてこんなにすごい作品を作りました。Mutual Core。

 

3、エレクトリックミュージックはいかにオーガニックになれるのか?


 このアルバムは最初聞いているとビックリという感情が先立ってしまうんですけれども、何回も何回も聞いていくと、聞くごとにその曲が表情を変えて、より一層奥深い立体的な構造が目に見えてくるというか、耳に聞こえてくるというかそういう形になっていてすごいんですよね。エレクトリックサウンドの構造と、彼女のボーカルが持っているオーガニックなものというのは、相矛盾するようなものであるけれども全然そうではないと。

  私はこのアルバムでエレクトリックミュージックはいかにオーガニックになれるのかを証明しようとしたの。だから月と潮の満ち引きに関係とか、クリスタルがどのように成長してゆくのかという自然界の摂理をもとにして曲の構造を作ったりしたの。今テクノロジーが洗練されていっているからそういう構造を簡単に形にできる。しかもハウスミュージック的なサウンドではなくてもっと複雑なビートパターンが作れるの。

 つまり、ある意味自然界の構造そのものがすごくメカニカルなものであり、メカニカルなものがオーガニックなものを生んでいくというすごいえらい所に来ています。ビヨークは。もう一曲聞いてください。Solstice。

 
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