音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

PJ ハーヴェイ(Polly Jean Harvey)に学ぶミュージシャンの安定と表現の関係について

world rock now 20001103

 PJ ハーヴェイでBig Exit。


 今度の作品はこういうアグレッシブなナンバーからもうちょっと落ち着いたナンバーまでわりとバラエティーにとんだ作品になっています。非常に単純な感想をいえばなんかバランスが取れてきたなぁみたいな正直そんな感じです。彼女自身も最近の自分の作品には昔に比べるともうちょっと安定した感じがでてきていて、自分の中でもポジティブな雰囲気がでてきているという発言をしておりまして、それはもう曲の中からもうかがえます。今回のアルバムはトムヨークがゲストにきているということでも話題になっておりますが、そうした意味でもコマーシャルな要素が大きいわけであります。しかし、こういう時に私は必ず言うんですけれども、ミュージシャンの安定が幸せな作品を生むのかというとなかなか難しいところでありまして、非常にいい作品でありますし緻密につくられてますし、スリーピースのバンド形式に戻ってですね非常にシンプルな構成でつくられているんですけれども、それでもすごくバランスのとれたウェルメイドな作品になっておりますが、やはりデビュー当時のPJ ハーヴェイの無茶苦茶な攻撃性と破壊性みたいなものをどうしても最初の印象としてもっている僕みたいな人間にとっては、ああいうのも欲しいよなぁみたく思ってしまうのですが、きっとあの時期のPJ ハーヴェイは滅茶苦茶不幸だったと思うんですよね。あれを続けていたのではミュージシャンとしてちゃんとした、ミュージシャン生命を全うできるほどの持続力を持ち得たかというと、甚だ疑問なわけでございまして、そういうことを考えるといい展開なのかもしれませんけれども、だけどすごかったよなぁ昔はみたいな。だけど、次ぎの曲もすごくまとまっていてPJ ハーヴェイらしさと円熟がいいバランスをとって完成されているナンバーだと思います。A Place Called Home 。



リッキー・リー・ジョーンズ(Rickie Lee Jones)のビートルズ(The Beatles)「For No One」のカバー

world rock now 20001013

 僕はビートルズのFor No Oneは非常に好きで、これが新譜としてリリースされたときに僕は中学生だったんですけれども、中学生時代にこの曲をほぼ一万回くらい聞いたわけでございますけれども、当時はいい曲だということで通り過ぎていて何が歌われているのかについてはよくわからなかったんですけれども、英語で一緒に歌ったりしていましたけれども、すごく簡単な歌詞なんで意味そのものは伝わってくるんですが、本当のニュアンスは伝わってこなかったんですが、今このリッキーリージョーンズが歌うことによって改めてどんな歌詞なんだろうという読み直していたら、非常にいいですね。

 彼女は目を覚まし化粧をする
 時間をかけて、急ぐことはないと思った
 彼女にはもうあなたは必要ない

 彼女の目にはもう何も宿していない
 涙にあふれて愛はかけらもない
 誰のために流したわけでもない涙
 何年も続いたはずの愛なのに

 要するに女の人が心が離れてしまってここから出て行くという。彼女は泣くんだけれどもそれは「Cry For No One」誰のためのものでもないんだよという、これは中学生にはわからないね。このニュアンスは。今となってみると非常によくわかるし、ビートルズの歌うFor No Oneという曲のニュアンスも当然この歌詞をつくったわけですからニュアンスをこめて歌ってるんですけれども、やっぱりポップミュージックのテイストにシュガーコーティングされているんですが、このリッキーリージョーンズが歌うことによって、この歌の本来の佇まい、その女の人がもう泣く涙もなくなったというか、そういう愛が終わったことを非常にクールに認識しているその辺のフレーズが非常にいいですよ。「彼女は目を覚まし化粧をする」の「She wakes up she makes up」の語呂合わせなんかは当時は百万回聞いたきがするんですけれども、今となってはみるとなるほどという。For No One。

  

ロバート・プラント(Robert Plant)はレッドツェッペリンが嫌いである説

world rock now 20001013

 ジミーペイジとブラッククロウズが一緒になってツアーをやっておりまして、これが大変うけていると、でそれのライブアルバムが発表されたというところで、私はこれをかけるべきなんだと思って紹介したいと思います。Out On The Tiles。



 ツェッペリンをそのままやるのは大丈夫かなぁみたいな、ジミーペイジももう営業来るところまで来たかなぁみたいなそういう不安感が正直頭をよぎったんですが、ブラッククロウズのがんばりようによってかなりいいものになっていると思います。ただ、例えばレッドツェッペリンの音が一種東京弁みたいなそういうようなニュアンスの中で演奏されていたとすれば、これはそれが非常にクリアな標準語になってしまったというそんな感じがするんで、そういうような物足りなさはあるんですけれども、なによも痛快で、ブラッククロウズのツェッペリンに対する心底好きである、リスペクトしているよというあり様は面白いですよね。例えば、日本でRCサクセションがすごいというのなら、それを清志郎を丸抱えで延々演奏してしまうなんてことは考えられないですけれども、ボブディランのバックをハートブレーカーズがやってしまうみたいな、そういう向こうの場合は丸抱えでリスペクトしたものに自分たちの身も心も委ねてしまうみたいなプロジェクトがたまにあったりしますけれども面白いなぁという気がします。これは二枚組みにアルバムになっているんですけれども、CD1に入っているツェッペリンナンバー(Celebration Day、Custard Pie、Sick Again、What Is And What Should Never Be、Ten Years Gone、In My Time Of Dying、Your Time Is Gonna Come)は実にツェッペリンらしいナンバー、ツェッペリンの持っている最もいいところを象徴しているナンバーがピックアップされていて、だけれども、これは誰もが考えるツェッペリンナンバーかというとちょとずれているという、その辺にこのプロジェクトが信用できる一旦が伺えますけどね。そういうナンバーをもう一曲聞いてください。Custard Pie。



 本当にクリスロピンソンはがんばってるんですけれども、やっぱりこの手の曲になってくるとロバートプラントのボーカルっていうのはそれなりな記名性はすごくあったんだなぁと思わざるをえないんですが、しょうがないことにこのロバートプラントはツェッペリンが嫌いなんですね。これがね、レッドツェッペリンが本格的に再結成されたりしない一つの大きな原因なんですけれども、その辺ははっきりけっこういってるんですよね。ジミーページとロバートプラントとインタビューしたときもジミーペイジが「なんでそんなにツェッペリンが嫌いなの。」みたいな対話を二人でやってたりするんですけれども、ロバートプラントはツェッペリン時代の自分はどうしてもお客さんであったという意識が非常に強くてですね、なかなかツェッペリンの自分というものをどうしても受け入れることができないようで、例えばペイジプラントのツアーの後半なんて完全に再結成レッドツェッペリンという感じだったんですが、どこか再結成レッドツェッペリンにたいして腰が引けてるところがあって残念だったんですが、そういった意味ではジミーペイジとブラッククロウズはツェッペリンをそのままやるというそのストレート感が非常に痛快で気持ちいいですね。ただ、ツェッペリン以外の曲もBBキングとかフリードウッドマックのカバーをやったり、なんとヤードバーズ時代のカバーもやっていて、しかもこれはジミーペイジ時代じゃなくてジェフベック時代の非常に有名なナンバーShapes Of Things のカバーをやっているという。これはジミーペイジはジェフベックが非常に好きなので、そういった意味でもリスペクトを表現しているんですが、やっぱりこれはクリスロビンソンはキースレルフよりはるかに歌が上手いという、これはいいなと改めてこれは曲のよさが彼のボーカルによって際立ついいナンバーだと思います。Shapes Of Things。



ちなみに、ブラッククロウズとジミーペイジの来日公演はジミーペイジの腰痛で日本にこれなかったそうです。

プラシーボ(Placebo)に学ぶイギリスのグラムロックの伝統について

world rock now 20001013

 プラシーボでDays Before You Came 。



 非常にスピード感があるなかなかつかみのあるナンバーだったんですけれども、プラシーボは今年の夏にフジロックに来てなかなかエネルギッシュな演奏を聞かしてくれたんですが、彼らにとっての三枚目のアルバム。イギリスというとブリティッシュロックの偉大なる伝統がございまして、僕なんかはずっとブリティッシュロックを最も得意とする音楽評論家として青春時代を過ごしたわけで、それだけにイギリスのロックに対する思い入れがいろいろあるんですけれども、そうは言いながらも最近のUKギターロックバンドはなっちゃいないみたいなことをしょっちゅう言っているんで、その辺はなかなか苦しいところなんですけれども、確かにイギリスのロックの持ついろいろないいところ、例えば非常にわかりやすいメロディー、リリカルで情緒的なアレンジや展開、いろいろなものがあるんですけれども、グラムロックの伝統というか、非常にグラマラスな佇まいというものが、アメリカのロックにはあまりない、アメリカのグラムロックとイギリスのグラムロックを比べるとすごくよくわかるんですけれども、どちらかというとアメリカのグラムってホラーに走っているみたいな、化粧はするけれどもなんとなく自分を不気味に見せていこうみたいな方向、それはそれでグラムロックの正しいコンセプトの一つなんですけれども、それに対してイギリスの方はもっとナルシスティックにキレイな自分をわりと着飾ってみせてみるみたいな傾向があるんですが、最近のブリティッシュロックは精神のナルシズムみたいなものはあるんですけれども、もっと自分の佇まいに対して女の子をキャーキャー言わせるだけのナルシズムみたいなものが少し希薄になっていたのかなぁって気がします。このプラシーボというのは非常にルックスのいい男の子達で、古典的なイギリスの「僕ってキレイ?」みたいなそういうようなノリというものをわりと正統的に表現されていて、これって必要だよなぁって思うんですよね。最近のイギリスのロックの景気の悪さをこういうようなグラマラスさで打ち破ってもらいたいとそんな気がします。今回のアルバムは非常にコマーシャルなナンバーも多いです。その代表的なナンバーを聞いてください。Special K 。


レディオヘッド(Radiohead)に学ぶロックが終わった後の「ロック」とは?

world rock now 20001006

 レディオヘッドでThe National Anthem。 


 

「みんなここにいる。みんなもうちょっとのところで踏ん張っている。みんなここにいる。みんな何かが恐い。みんな踏ん張っている。踏ん張っているんだ。」という非常にシンプルな歌詞のナンバーですけど、しかし非常にかっこいいですよね。私はこの作品傑作だと思いますね。本当に事前に「すげえぞ」とか「ロックは終わった」とかいいながらつくった作品だとかね、テクノがガンガン入ってるとか事前情報がすごく一杯来ていて、うちのスタッフもわざわざイギリスに行って聞いてきたり、インタビューしてきてまさに伝聞形式の情報が入って、私の中では勝手にレディオヘッドのKidAはすでに鳴っていたんですけど、ぜんぜん実際は違う音でビックリしちゃいました。私が想像できるようなものであれあば傑作ではなかったのでありますけれども、私の想像といい方にズレるすばらしい作品でした。U2なんて事前の情報どおり、私が想像したもの×0.8みたいな作品がきちゃったんですけれども、レディオヘッドは僕が想像したものとまったく違っていました。僕が想像したのは、U2のポップみたいな非常にコンテンポラリーな方法論が多様され、テクノの方法論、ヒップホップの方法論を大胆に導入した、今のロックに対するある意味でのあきらめと挑戦的なそういう作品になったのかなぁと思っていたら、徹底してロックですよね。これはすばらしい。今、トムヨークはロックはつまらないとか言ってますけれども、誰よりもロックに真剣に向かい合い、誰よりもロックを愛して、誰よりもちゃんとロックのイノベーションを成し遂げているのがトムヨークでありレディオヘッドであるというそういう作品になっていると思います。本当にメッセージの直接性、そういうことから含めて私は今回しっかりと原稿を書こうと思っているんですけれども、そういう正面から向かい合ってロック論を書きたいなぁと、そういう気にさせるすばらしい作品になっていると思います。もう一曲聞くんですけれども、このOptimisticというタイトル自身が実に今ロックが言うべき非常に象徴的なタイトルだと思います。歌詞はいろいろなことがメッセージのなかに含まれているんですけれども、基本的に「出来る限りのことをすればいい。出来る限りのことをすればいいんだよ。君に出来る限りのことをすればいい。恐竜が地球を徘徊している。恐竜が地球を徘徊している。」という、なんか何度僕らはこういうロックの詞を聞いてきたんだろう、そしてそれにどれだけ感情移入してきたんだろう、そしてそれがコンテンポラリーなロックのメロディーとビートにのって歌われることを何度快感として体験してきたんだろう、それは2000年にもこうしてあったというそういうナンバーでございます。Optimistic。


 最初にも言いましたけれどもロックがロックであることでOKな時代はかなり前に終わっておりまして、意識的なミュージシャンはすでにギターロックは退屈だとか、ロックは終わったとか言う人が多いです。それが何をさしているのかは非常に明白ですし、そういう問題意識がなければロックもやっている意味がないという気がします。ただ、ナインインチの時も言いましたし、パールジャムの時も言いましたし、だけどロックから逃げたところでしょうがないわけであって、「つまらないならやめろよ」といわれたらそれっきりなわけなんです。そういうことを言っている非常に優れたミュージシャンはだけれどもなんとかしなきゃという、自分たちが表現できるのはきっとロックだけなんだろうなぁという、そういう確信を持ちつつそういう発言をしていると思うんですよね。そういうミュージシャンだからこそ「いえーい、ロックだぜぇ」みたいなギターをジャンと鳴らしてドラムがエイトビートを鳴らしてそういうことで一件落着しているヤツらにたいしてすごい腹立だしいんだと思うし、「お前らそれでいいのか」とそういう気持ちが「ロックはつまらない」とか「ロックは終わった」とかそういう発言で出てくると思うんですけど、そこからどう一歩先に踏み出すかというところで、もっとも安易なというか考えがちなのは、ヒップホップみたいな音楽に対して「これすごいじゃん」みたいな、ここから大いに学んでそこから何かやろうよという、それはそれで僕は正しいと思うし、そういうことで成功しているロックバンドもたくさんいますけれども、ただそうじゃない、今までのロックの文脈の中でどうやって行くのかという努力、それをパールジャムやナインインチもやっているし、今回のレディオヘッドはその中でもかなり先にいった仕事をきっちりやってくれたなぁという感じがします。あえて難点といえば、ちょっと高級すぎるというか、アート寄りにいってポップミュージックとしてはのど越しの悪さの限界まできてるのかなぁという気もするんですけれども、僕は当初危惧していたアートな到達点よりかなりポップミュージックとして踏みとどまってくれているなぁと、これならいいんじゃないかなぁという、今すぐの市場性というと結構きついと思うんですけれども、それでもすごいんじゃないかなぁと、頭下がるなぁというかよくやってくれたなぁという気がします。トムヨークは過去の自分の作品に対して感情移入ができない、要するに過去のロック的な文脈に対してつくった自分の作品に対して感情移入ができなくて結構きつかったと。で、新しい自分にとっての全面的に信頼しえるスタイルと努力が相当な時間をかけてこの作品の中ではつぎ込まれていると思うんですよね。で、すごい達成感があってうれしかったと。しかし、もう終わったんだというような発言をしていますけれども、非常によくわかるし、ここで成し遂げたレディオヘッドの仕事というのは、この後のロックミュージシャンが引き継いでいける種類の仕事だと思います。もう一曲きいてください。Idioteque 。


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