音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

メソッド・マン(Method Man)とレッドマン(Redman)に学ぶ日本人ラッパーの辛さ

world rock now 19991105

 メソッドマンとレッドマンが競演した話題の作品(Blackout!)を聞いていただきます。まずChekaという曲を聞くんですけれども、日本のバンドでも「チェックチェックマイクフォンチェック」みたいなものを一種サビというかフックに使ったりするのをよくやりますけれども、それだけでサビをつくっているといういまどき日本のヒップホップアーティストがやりそうな技をメソッドマンとレッドマンがやるとこのように面白いものが出来上がるという。ヒップホップってよくわからないしという人たちのためにこれほどわかりやすいナンバーはないので、まずそれをきいていただきたいと思います。Cheka。


 メソッドマンとレッドマンというヒップホップ界のスーパースター二人が合体したということで、大変話題のプロジェクトではあるんですけれども、これが恒常的に続いていくのかどうかはよくわかりません。ただ非常に話題の作品ではあるしもともと遊び感覚ではじめたプロジェクトで、二人で清涼飲料水のCMに出て二人でブルースブラザーズを演じたという、ずっとこの二人のコラボレーションという流れがあって今回のフルアルバムへと結実したという、そういう作品になっているようです。なんといっても強力な二人のラッパーのグルーブとパフォーマンスは圧倒的でしてねそれでけ聞いてりゃOKというノリなんですけれども、ただこういうのを聞くと、日本ってバックトラックはそれなりにオシャレに面白いものをつくったりするんですけれども、ラップのグルーブと、黒人音楽のボーカルそのものというのも日本における再現性は非常に難しいし、最近の女性リズム&ブルースのシンガーが出てきてもやっぱり距離感はあるんですけれども、このラップも、こういう化け物二人を聞いてしまうと、日本人ラッパーも大変だよなぁって、やっぱり日本人は違う技でヒップホップの音楽スタイルはアプローチしていかないととても勝てないなぁっていまさらながら聞きながら思ってしまいました。感心するためにもう一曲きいていただこうと思います。Tear It Off。



レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン(Rage Against the Machine)に学ぶロックと政治活動の関係

world rock now 19991105

  レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの最新アルバムThe Battle Of Los AngelesからGuerrilla Radio。


 全編こういうハイテンションで攻撃的なナンバーがそろっていて、僕らの期待に100%こたえてくれているという感じなんですが、Guerrilla Radioというタイトルからもわかりますように、歌詞も前以上に直接的なものとなっておりまして、最近のザックのインタビューなんかを読んでもですね、自分の政治的なプロパガンダと政治的なメッセージ性と政治活動みたいなものと、自分達のバンド活動というのを非常にリンクさせていて、その中で彼自身の全体の活動の中でバンドの活動も位置づけているというそういう活動になっていますね。現実に対して直接的に関与していって、そこをどうやって変えていくのかという武器の一つとして自分達の音楽をとらえ、自分達の活動の全体をとらえているという、より一層ザックがザックらしくなっていったというそんな感じがします。しかし、非常に王道なロックのテイストも一貫して持ち続けておりまして、そうした意味でのロックらしいロックアルバム、今までのヒップホップのテイストよりもよりロックらしいアルバムというのも強まっているという感じがします。Born Of A Broken Man 。


 ザックは自分の政治活動の中でバンドもその武器として考え、そして政治も音楽も統一して一つの表現にしているというそういうノリがあるようです。それがこの作品のエネルギーを生んでいるといったのですが、だからいいのかというとそうじゃないんですよね。例えば、Guerrilla Radioという曲は今こそゲリララジオをはじめるべきだというメッセージといかにもレイジらしい歌詞の内容を持っているんですが、ではこれが女とやりたいぜとか、アイツとキメたいぜとかそういう歌詞だと全然意味がないのかというと、そんなことは全然ないと僕は思うんですよね。それでもGuerrilla Radioのグルーブとテンションがでれば、曲のテーマがラブソングであろうが政治的なメッセージであろうが違うものであろうがなんだっていいんですよ。レイジがラジカルな政治的なメッセージを持っているからすばらしいのでは全然ないんですよね。ロックのグルーブと楽曲のテンションと詩のリアリティーというものが保障されているのならば、そこでの政治的スタンスというのは表現にとっては二の次なわけなんです。これはいつも言っているんですけど、ロックというのは現実と表現者が擦れ合ったときに生じる摩擦のノイズだと思っているんですよね。その摩擦のノイズがどれだけ高いかによって、その音楽のテンションが決まってくると思うんですけれども、今僕らが前向きで高い摩擦係数のノイズを出すには、現実をちゃんと見据えていってそこで現実に対して何か前向きな言葉をきっちり吐いてそこで戦うという姿勢がない限り、ヒップホップとかああいうシリアスな表現がガンガン出ているときにロックが自分達の立ち居地をしっかり確保するためには最終的に必要となってゆく局面、そうじゃなくてもそれでけのものを出せればすばらしいんですけれども、それはなかなか難しいと思うんですよね。だからこそナインインチとかレイジとかそういうメッセージ性の高いロックバンドの音がどんどん現実性を高めていって、逆に言えばロックという表現を守っていって「イカしたギターだぜ」とかいってる奴らの音楽がどんどん間抜けになっていってしまうというのも、90年代のロックのシリアスな現実だと思うんですよね。つまり、政治的なメッセージを歌ってるからいいとか、彼ら自身が左翼的な思想を持ってるからいいとかそういうことではなくて、しかしそういうところに彼ら自身がいるからグルーブやテンションが出ているというのも事実であるという、逆に言えば、彼らが政治的なプロパガンダだけで音楽をつくっていくと彼ら自身の音楽は絶対につまらなくなってしまうと思うんですよね。彼ら自身がそういう状態に陥る危険性は多少あるんですけれども、今現在は彼らはちゃんと単なる政治的なプロパガンダではなくてあくまでも非常にテンションの高いロックンロールをやっているところがすばらしいというわけであります。Testify 。



ポールアーサーズ(Paul 'Bonehead' Arthurs)に学ぶ欧米人が家族と一緒に過ごしたいと言って脱退する理由

world rock now 19990903

渋谷「(ポールアーサーズがオアシスを)辞めた理由は何なんですか?」

児島「それがですね、家族と一緒に過ごしたいからという・・・。」

渋谷「一攫千金をしたからもういいと。」

児島「これから一生何もしないで遊んで暮らせるお金を稼いだから、これからハードで長いツアーに出たくないと。多いんですよこういう人。」

渋谷「わかりやすいですね。そっちも。」

児島「私も最初はロックスターに夢をもってましたんでそんなはずはないと思ってたんですけど、つくづく最近わかってきました。」



スピン・ドクターズ(Spin Doctors)に学ぶ音楽評論家がコメントに困ったときの対処法

world rock now 19990723

 スピンドクターズでHere Comes the Bride。

 このスピンドクターズの3年ぶりのアルバム。アルバムタイトルはHere Comes the Brideというタイトルになっておりまして、いきなり結婚行進曲ではじまる非常にわかりやすい構成になっておりましたが、このスピンドクターズというのも非常にわかりやすいロックバンドでありまして、ある意味保守的というかロックの古典的なスタイルを守りつつ、それをちょっとスピードアップして現代的な感覚になおしつつ、世の「やっぱロックっていうのはこの8ビートじゃなくちゃ」という保守的なロックファンにアピールしつづけ何百万枚もレコードセールスを売って大金持ちになったというそういうバンドなんですけれども、3年ぶりの新作は3年間のインターバルがあいたということと、メンバーが半分変わったんですよね、中心メンバーもちょっとかわって、今までの「やっぱロックは8ビートの」というノリから方向転換をしまして、新しい要素をいれて、僕が全体を聞いた印象ではやっぱり過渡的な作品かなぁと、ここから次ぎのステップへ進む試行錯誤をしているそういう感じで、ですからそんなにコマーシャルな作りになってないですし、今までのロックの王道を聞きたいロックファンに対しても、それから新しい意欲を前面的に支持したいロックファンにとってもどこか中途半端な印象があるんですけれども、ただアルバムの方向性は前向きで、一生懸命にやっているという感じでとりあえず過渡的な作品で、次ぎのアルバムに期待したいなと、まあ、たいてい音楽評論家は困ると「次ぎのアルバムに期待したい」っていうんですよね。私はこれで何度いろいろお金を稼いできたかわからないんですけれども、次ぎのアルバムに期待したいスピンドクターズでした。


リンプ・ビズキット(Limp Bizkit)に学ぶ日本のメタラーの生態

world rock now 19990709

 リンプビズキットでI'm Broke。



 コーンの弟バンドとして知られるリンプビズキットなんですけれども、今回はコーンの弟バンドという形容詞はいらない堂々たる作品を仕上げてきました。ファーストアルバムがじわりじわり売れていて、アメリカでは200万枚だとか売れてとそれが話題になっていますけれども、僕は彼らの出世シングルとなったジョージマイケルのフェイスのカバーがあるんですけれども、それのビデオクリップを見て非常におばかな佇まいに「なんだこいつた。楽器の演奏とノリはいいけどちょっと頭の軽い連中がでてきちゃったなぁ」みたいなそういう印象を持ったんですけれども、このセカンドアルバムをきくとそのおばかな佇まいが功を奏してというか、例えばレイジとかコーンとか所謂こういう高性能モダンメタルロックは一種カタルシスだけを目的とするヘビメタとは全然違って、自らの暗黒というか自らの問題意識というかそういうものをちゃんと自分達の中にもっていてそういうものと正面から取り組みながらハードな音楽を作ってという、そういう佇まいですばらしい音楽を作っているんですよね。それが音楽のよさになっているし、それが一筋縄ではいかない、単純なカタルシスハードロックにならないよさをつくっているんですが、それはそれで私は大好きなんですが、このリンプビズキットはもうちょっといい加減ですよね。そのいい加減な部分のフットワークのよさというかそういうのがですね、このセカンドアルバムをきくとよく出ていまして、そのへんのスピード感と気持ちよさがより若い世代にアピールするのではないかというそんな感じがします。Just Like This。


 毎回いってますが、ハードロックとかヘビーメタルというのは一種カタルシスというか、自己解放を自己目的化しているそういう非常に機能的な音楽だと思うんです。だから、それはそれで様式化するというのもしょうがないですし、それはそれで面白いと思うんですよね。とにかくむしゃくしゃするからとりあえず一瞬気持ちよくなろうじゃないかという、そういう時にはこういう音でガッといきましょうみたいな、対処療法的な簡単なストレス発散法みたいな所があって、それをくだらないといえばくだらないんですけれども、それをくだらないといったらロックなんて音楽全体がくだらなくなってしまうようなジャンルですからそれはそれでいいんですよね。僕はそれで否定しないですし、そういう音にしがみついた十代二十代をすごしてきたので人のことはいえないんですけれども、ただこれも毎回言ってるんですけれども、60年代のむしゃくしゃと70年代のむしゃくしゃと80年代のむしゃくしゃと90年代のむしゃくしゃはそれぞれ違って、それぞれの発散方法があると思うんですよね。だからアメリカにおいてもこういう風にスタイルが変わっていって、今90年代後半の若者に対してはリンプビズキットとかコーンとかの音がジャストだし、ああじゃなきゃスカッといかないと思うんですけれども、なぜ、なぜにして、日本のハードロックヘビーメタルファンはあの古典的な様式美に執着するのか。おかしい。論理的にそれだ発散できるわけはないと私は思うんですけれども。なぜそれでいいのかが不思議でしょうがなくて、リンプビズキットとかコーンは日本の古典的なヘビメタファンには評判が悪い。なんか髪の毛が長くないし、ズボン短いのはいてたりしてるし、そうなっちゃうんですよね。今現在のストレスには今現在のカタルシスがないとうまく発散できないと思うんですけどね。今のヘビメタファンというのはストレスないんですかねぇ。70年代のストレスを未だにもっているというしつこい人たちなんですかねぇ。で、リンプビズキットは新しい音にも対応してまして、ヒップホップなどにもすごく影響をうけたスタイルをとっているんですが、次ぎはウータンクランのメソッドマンといっしょにつくったナンバーをきいていただこうと思います。N 2 Gether Now。


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