音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

ラップは何故日本でヒットしないのか?

小林克也の音楽グラフィティ 20180817

 ニーチェの引用で面白く聞かせてくれる曲です。カニエ・ウェスト(Kanye West)でRunaway。



 今はラップも、歌うラップ、半歌いラップ、脱力系のラップ、暗いラップだとかいろいろあるんですけれども、カニエという人がいたから、いろいろ広がったと僕は思います。しかし、ものすごく困るのは、僕はアメリカの音楽を紹介するときに、歌だと言葉が壁にならなんですよ。だけど、ラップは言葉がすごい壁になるんです。普通の歌の場合は言葉に神経を使わなくても、7割か8割くらいは感情やいろいろなものが伝わるんですけれども、ラップはその反対なんですよね。2割とか3割くらいしか伝わらないんですよ。それで、洋楽を紹介する自分としてはすごい困っているんですよ。アメリカのアルバムチャートなんか見ると、アルバムのトップ20のうち15枚くらいはみんなヒップホップとかラップ系なんですよね。そうするとますます、日本のものと離れていくんじゃないかなぁと思います。だから、カニエのRunawayあたりがちょうどいいんじゃないかなという気がします。

EDMに向かい合ったロックミュージシャン

1、コールドプレイ(Coldplay) A Sky Full of Stars



2、ベル・アンド・セバスチャン(Belle And Sebastian) Enter Sylvia Plath

 

3、スマッシング・パンプキンズ(The Smashing Pumpkins)Run2me

 

4、トッド・ラングレン(Todd Rundgren) Flesh & Blood





5、プリンス(Prince) Art Official Cage



 



イギリスのミュージシャンは水戸黄門のテーマのイントロ好きである説

水戸黄門主題歌 「あゝ人生に涙あり」

 

1、Oasis - The Importance Of Being Idle

 

2、Manic Street Preachers - Rendition

 

テクノについて

 今回はBBC製作の「DANING in the Street」の「Planet rock」より、テクノについてまとめます。

1、デトロイト・テクノ

 ・ミシガン州のデトロイトではテクノポップが大きな発展をとげた。電子楽器を使って執拗にダンスビートを反復するこの音楽は特にクラブで大好評であった。その中心人物の一人がデリック・メイである。しかし、先進的なテクノサウンドはアメリカの音楽業界からはほとんど無視されていた。それをいち早く評価してとりいれたのがニュー・オーダーなどのイギリスのグループであった。

2、シカゴ・ハウス

 ・デリック・メイが作るような音楽はFMにかかることはほとんどなく、アーティストの名前もほとんど知られることはない。彼らの音楽を聞くには街の小さなクラブに足を運ぶ必要がある。シカゴには、テクノサウンドを聞かせてくれるアンダーグラウンドなクラブがたくさん存在している。こうしたクラブから、テクノよりもメロディーを重視したハウスミュージックが生まれた。フランキー・ナックルズはその中心的な人物として活躍していた。

3、Soul II Soul

 ・1989年、イギリスのクラブから登場したSoul II Soulは、ハウスのレゲエやファンクをミックスしたサウンドで大人気を獲得し、アメリカとイギリスの両方でナンバーワンヒットとなった。Soul II SoulBack To Life

4、アンビエント

 (1)、The Orb

  ・1980年代にはさまざまなサウンドが生み出されていった。しかし、なおも完璧なビートを追求しようという者達がいた。1990年代目前になると1980年代の音楽的な実験をまとめあげるかのようにサンプリングのあらゆるテクニックを駆使してさらに音楽の常識に挑戦しようとするバンドが生まれる。そうしたバンドの一つがThe Orbであった。The Orbは三枚のプラチナアルバムを世に送り出した。

 (2)、セカンド・サマー・オブ・ラブ (The Second Summer Of Love) 

 ・1980年代から1990年代初頭にかけてセカンド・サマー・オブ・ラブという運動がおこった。これは、何千もの人が車を連ねて旅をし、一箇所に集まって夜を踊りあかすものである。1960年代のヒッピームーブメントに似ているが、バックで流れる音楽が違っている。

ビートルズ(The Beatles)小史 その2

1、7th「リボルバー」(Revolver)

 ・日本公演の一ヵ月後に発売された。スタジオで作られた実験的なサウンドで、ビートルズの新時代を感じさせた。一方で、ライブでは歓声にかき消されて自分達の演奏もよく聞こえない状態であり、1966年のライブを最後にビートルズは大観衆の前から姿を消した。

 

2、8th「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)

 ・長時間スタジオにこもって完成させた史上初のコンセプトアルバムである。ロックを芸術の域まで高めたといわれ、時代に大きなインパクトを与えた。

 

3、All You Need Is Loveの世界同時衛星中継

 ・1967年、泥沼化するベトナム戦争に対して、ビートルズはAll You Need Is Loveを世界同時衛星中継で3億5000万人に向けて歌った。

 

4、9th「マジカル・ミステリー・ツアー」(Magical Mystery Tour)

 ・ポールを中心に製作された同名テレビ映画のサウンドトラック。中期ビートルズを代表するカラフルな名曲のオンパレードである。この頃からビートルズの主導権はポールが握り始める。

  

 

5、10th「ザ・ビートルズ」(The Beatles)

 ・二枚組みで発売され、通称は「ホワイトアルバム」。それぞれの個性が際立った全30曲の中には四人が別々にレコーディングした曲も多い。ライブツアーをやめて二年たちビートルズはまとまりを失っていた。

  



6、11th「イエロー・サブマリン」 (Yellow Submarine) 

 ・ジョンの関心はだんだんビートルズからはなれてゆく。



 

7、ゲット・バック・セッション (Get Back Session)

 ・1969年1月、原点に帰ろうということでポール主導でセッションが行われる。しかし、かえってメンバー間の温度差を浮き彫りとする結果となった。1969年3月12日、ポールはリンダ・イーストマンと結婚、1969年3月20日にはジョンがオノ・ヨーコと結婚し、ビートルズはそれぞれの道を歩き始める。

 

8、12th「アビイ・ロード」(Abbey Road)

 ・1969年7月、最後のアルバムを作るために四人は再び集まる。最後のチームワークが完成度の高い名盤を生み出した。

 

9、13th「レット・イット・ビー」(Let It Be)

 ・1970年4月10日、ポールのビートルズ脱退が報道される。ゲット・バック・セッション (Get Back Session)をまとめたこのアルバムで、ビートルズは八年間の歴史に幕を下ろした。

 



10、解散後のビートルズ

 ・1994年、BBCラジオ出演時の音源が「ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC (原題:Live at the BBC)」としてリリースされる。

 ・1995年から1996年にかけて、デモテープやライブなど資料的な音源集である「ザ・ビートルズ・アンソロジー (The Beatles Anthology)」がリリースされる。

 ・2003年、オーケストラなどを取り除いたリミックスである「レット・イット・ビー...ネイキッド(Let It Be... Naked)」がリリースされる。

 ・2006年、アメリカ編集盤を紙ジャケットで復刻した「ザ・ビートルズ '65 BOX」がリリースされている。
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