音楽のおべんきょうφ(.. )メモメモ

NHK-FMWorld Rock Nowでの渋谷陽一氏の解説で面白かったものをメモしてゆきます。

キース・レルフ(Keith Relf)のボーカルはブルースよりもロカビリーの方が合っている説

Kenrocks Nite - Ver. 2 20170511  解説は大貫憲章氏です。

大貫憲章「ヤードバーズ(The Yardbirds)は自分達で曲を作れなかったんですよね。」

Katchin'「曲作れないし、ボーカルも弱いし。」

大貫「わかっちゃいました?」

Katchin'「わかりますよね。聞いていると。」

大貫「そうなんですよね。キース・レルフさんはなんかなぜて歌っているような感じなんですよね。本来はブルースバンドですから、その辺の曲を二曲続けて聞いていただきます。「Live At The BBC」からヤードバーズでI'm a Man、The Train Kept A-Rollin。」

大貫「どうですか。両方ともブルースをベースにした曲で。」

Katchin'「もしかして、演奏も下手ですかね。」

大貫「そんな風に聞こえちゃいますよね。ドラムも微妙で。」

Katchin'「キース・レルフという人は、ブルースが合ってないというか向いていないんじゃないですか。」

大貫「これは全然話が変わってしまいますけれども、日本にグループサンズがあったじゃないですか。俺はあの頃よく見に行っていたんですけれども、ヤードバーズの曲でI'm a Manとかこの辺の曲って、ザ・ビーバーズ(The Beavers)の皆さんがレパートリーにしていたんですけれども、全然ビーバーズの方がよかったなぁって思います。迫力があって、ボーカルなんかも成田さんの方がいいなって。石間さんのギターの方がかっこいいなって思ったりもしていたんですけれども、実際にレコーディングの感じがどうだかわかりませんが、BBCライブというと他にビートルズとかいろいろなものがありますよね。もうちょっとちゃんとしていますよね。」

Katchin'「根本的にキース・レルフはロカビリーとかやった方がよかったんじゃないですか。声が細いからロカビリーとかの方が合いそうですよね。The Train Kept A-Rollinの方がまだ合っているような気がします。」

大貫「なるほどね。I'm a ManはBo Diddley、The Train Kept A-RollinはTiny Bradshawのジャンプ・ブルースがオリジナルで、それを1956年にJohnny Burnetteがロックンロールに改作したという歴史がありますけれども、キース・レルフはプログレっぽいルネッサンス(Renaissance)をやっていた方がよかったかなと。ルネッサンスの方が合っていたかなという感じがします。続いて、1968年3月の音源なんでヤードバーズの最末期で、ギターはジェフ・ベックからジミー・ペイジに変わっているんですけれども、それでやっている曲がDazed and Confused 。この曲は盗作問題でも話題になって、Jake Holmesというアメリカのフォークシンガーの1967年の曲がヒントと言われていますけれども、確かに似ている所はあるんですけれども、これはレッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)のバージョンと比べると、いかにボーカルが非力で、バックバンドの演奏がダメかということが分かります。ジミー・ペイジ(James Page)の演奏しか聞くところがないと言ってもいいくらいだけれども、皆さんはいかがでしょうか。Dazed and Confused。」

無限増殖プラターズ(The Platters)

Kenrocks Nite - Ver. 2 20170511  解説は大貫憲章氏です。

大貫憲章「ヤードバーズ(The Yardbirds)は現在もやっております。来日も結構しているんですよ。ただ、オリジナルメンバーはドラムのジム・マッカーティー(Jim McCarty)だけかな。」

Katchin'「よくあるね。ドラムの人だけがオリジナルであとは全然知らない人っていう昔のバンド。」

大貫「まあ、オリジナルが一人でもいればいいかっていう感じですけれどもね。」

Katchin'「オリジナルメンバーがいなかったら逆にヤードバーズって言えないもんね。」

大貫「息子がやったらどう。」

Katchin'「レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)の再結成でのジョン・ボーナム(John Bonham)の息子みたいな感じでね。あれはみんながいたからいいかもしれないけれどもね。」

大貫「息子じゃやっぱりダメかな。」

Katchin'「ダメじゃない。」

大貫「ジム・マッカーティージュニアとか。」

Katchin'「ようは商標を自分持っていて、それを遺産として受け継いでいるのならば、法律的にはできるんでしょうけれども、音楽は法律で聞くわけではないんで。」

大貫「アメリカでは同じ名前で活動しているバンドやコーラスグループが腐るほどいるって言いますけれどもね。」

Katchin'「プラターズ?」

大貫「プラターズだけじゃないみたいですよ。いろいろなグループが、50年代のドューワップとかも含めてロックバンドみたいなのもいくつもあります。」

Katchin'「一瞬参加した人が語っちゃうわけですね。」

大貫「商標がはっきりしている所はできないんだけれども、有耶無耶な所はまあいいかっていう感じで。」

Katchin'「プラターズは何個もいるんだよね。」

大貫「らしいね。全米四カ所で同時公演とかありえないことが起こっています。」

日本のスタジオ録音だとボーカルをハッキリさせすぎてしまう説

Kenrocks Nite - Ver. 2 20170525  解説は大貫憲章氏です。

ビーバーズ(The Beavers)でヤードバーズ(The Yardbirds)のカバーでOver Under Sideways Down。



大貫憲章「ビーバーズは私が大好きだったバンドで、エンディングは石間秀機さんのギターのラーガ奏法とか多めにやってましたね。」

Katchin'「ただね。日本の場合スタジオ録音になると、どうしてもボーカルがハキハキしちゃうんですよね。ハッキリさせちゃうというか。」

大貫「それはまあ、ミックスという概念が今ほど強くないからね。私がレコード出した時あったじゃないですか。ビッグ・シティ。あの時もボーカルをやたら前に出そうとするんですよ。レコード会社の方が。俺は「ボーカルも楽器の一部みたいな感じでミックスしてほしいんですよね」って言ったら、「いやぁ、それはちょっとどうかなぁ」みたいな感じで言われちゃって、「そうじゃないとロックじゃなくて、歌と伴奏になっちゃうから」といったら、「歌と伴奏じゃないですか」って。「トータルでロックなんですよ」って言ったんですけれども。」

Katchin'「ビッグ・シティは何年?」

大貫「あれは1985、6年かな。」

Katchin'「そんな時代だ。もう分かってほしいですよね。」

大貫「エンジニアさんって音に細かいというか、こだわりある人が多いんですよ。やっぱりセパレーションがよくないとみたいな。」

Katchin'「その辺が抜けきれなかったんですね。日本は。」

大貫「ボーカルが聞こえづらいとお客さんに売るものではないみたいな。」

クイーン (Queen) を日本で一番最初に騒いだのは大貫憲章氏である

Kenrocks Nite - Ver. 2 20170309  解説は大貫憲章氏です。

 私は1973年に初めてロンドンに行ったんですよ。海外行ったのもこの時が初めてですから。はっきりは覚えてませんが、まだ1ドルが360円だった頃です。とにかく高かったことは確かです。その時にお金が安いので南回りで行って、えらい目にあいましたね。普通36時間で着くところが、途中止まっちゃったりしていたので、テヘランで機体故障とかで5,6時間止まって、42,3時間かかりましたからね。約二日ですよ。とにかくロンドンに居ついて、あちこち行っている間にレコード屋さんなんかも行くんですけれども、そうするとそこにクイーンというのが出ていまして、なかなかカッコいいお兄ちゃん達がいたので、「これ何ですか」って聞いたら、「これは今人気なんだ」って。「レコードあるの」って聞いたら、「もう売切れちゃってない」って。「予約しようか」って言われたんですが、俺は旅人だから予約してもしょうがないということで、ごめんなさいということで聞かなかったんですけれども、日本に帰ってきてから「クイーンなんてすごくイギリスっぽいバンドがいるんだけれども」っていうことで、俺も音楽評論家の端くれだったので、『ミュージックライフ』の編集部の人たちに言っていたら、東郷さんだとか水上さんだとかが「何々それ」って言っているうちに、だんだん資料とかも増えていって、レコードも編集部がチェックするようになって、「大貫くんあれはいいかもしれない」ってことで雑誌にカラー写真を載せたところ、電話が毎日何十本も鳴っちゃって、「大貫くん爆弾拾っちゃったかもね」って言われちゃって、1974年にデビューアルバムが出て僕が大げさな原稿を書きましたけれども、そしたらすばらしかったということなので、クイーンを日本で一番最初に騒いだのは私です。音を聞く前から。ここでおなじみの曲ですけれども聞いてあげてください。Bohemian Rhapsody。



 クイーンはデビューした当初はイギリスで何の感触もなかった人たちで、一部でしか売れていなかったんですよ。だから、メディアでは日本の方が先に取り上げて大騒ぎになって、それ以来女子がロックに参入してきたという風に言われていたりして、ビートルズ以来の事件だったと思います。

 クイーンは日本で最初にブレイクしたと言われることがありますが、大貫氏によると、1973年当時すでに、イギリスでも音楽好きな人達の間では人気があったようです。

EDMに向かい合ったロックミュージシャン

1、コールドプレイ(Coldplay) A Sky Full of Stars



2、ベル・アンド・セバスチャン(Belle And Sebastian) Enter Sylvia Plath

 

3、スマッシング・パンプキンズ(The Smashing Pumpkins)Run2me

 

4、トッド・ラングレン(Todd Rundgren) Flesh & Blood





5、プリンス(Prince) Art Official Cage



 



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